column20 営業で顧客の無理な要求に振り回されないために

 よく、「顧客のニーズを聞き出して対応しよう!」などと言われます。しかし、実際にできている人は少数です。さらに、どうすればよいのか教えられる人は、本当に少ないと思います。そこで今回は、顧客の状況、要望、ニーズ、課題などを聞いていくために必要なノウハウをご説明します。

 

顧客の理解は「最強の差別化」につながる

 皆さんは「差別化」という言葉を耳にしたことがあると思います。では、「差別化」とは一体何でしょうか。どうすれば実現できるのでしょうか。少し考えてみましょう。

 

差別化とは?

①「他社の商品との違い」を明確にすること

②「他社の商品よりも優れている」ことを明確にすること

③「顧客が自社の商品を選ぶべき理由」を明確にすること

 

 多くの人は「差別化」というと①か②をイメージしているようです。しかし、他社の商品と違う、あるいは優れているからといって顧客が自社の商品を選んでくれるとは限りません。本当の差別化とは③を実現することです。

 

 とはいえ、「顧客が自社の商品を選ぶべき理由を明確にしよう!」と言われても、どうすればよいのかわかりませんよね。そこで、一つよい方法があります。それは、顧客に「この担当者は、私(当社)のことをよく理解した上で商品を提案してくれている」と思ってもらえるようにすることです。これは、間違いなく「選ぶべき理由」になりますよね。こうなれば、少しくらい商品の価格が高くても顧客は自社の商品を選んでくれるものです。言ってみれば「商品力や価格に頼らない、担当者による最強の差別化」です。セールスパーソンの皆さんには、自社の商品を理解することに加えて、ぜひ顧客を理解する努力も怠らないようにしてほしいと思います。

 

まず「下地」を作る

  顧客を理解するためには、やはり下準備が大切です。予め知識や情報を仕入れて、理解できる下地を作っておきます。業界動向や企業概要、プレスリリース、商品情報、そして担当者に関する情報などをよく調べておきましょう。ただ、予備知識だけで「わかったつもり」になってしまうのは困りものです。ネットなどで得た情報を鵜呑みにするのではなく、「本当にそうかな?」と検証する姿勢も忘れないようにしてください。

 

状況から聞き始める

 下準備ができたら、顧客の話を聞きに行きます。第3回のコラムで「質問の順番」についてお話ししました。質問には、「思い出せば答えられる質問」と「考えなければ答えられない質問」があります。状況、要望、ニーズ、課題の中で、状況は思い出せば答えられますが、要望、ニーズ、課題は考えなければ答えられません。そこで、状況から聞き始めるのが適切だと言えます。

 

 顧客の状況を聞くのは、本来それほど難しいことではありません。第2回のコラムでお話ししたように、人には「わかってもらいたい」という欲求があります。顧客としては、「自分の状況を理解してもらうこと」は適切な提案をしてもらうためにも好ましいことです。ですから、「よりよい提案をしたいので、最近の状況などをお聞かせいただけませんか?」などと言って、遠慮せずに堂々と話を聞いていくようにしましょう。

 

とはいえ、「顧客の状況を聞くのは難しい」と感じているセールスパーソンは多いものです。実は、この原因は顧客ではなく自分のほうにあります。なんと、「顧客が話そうとしているのに、聞こうとしていないセールスパーソン」がとても多いのです。

 

 以前からお話ししているように、多くの人は「話すこと」ことばかり考えていて、「聞くこと」をおろそかにしています。特に経験の浅いセールスパーソンは、無意識のうちに「顧客のところに行ったら、用意した話をしゃべり切ること」を優先してしまいがちです。そのため、自分の話が終わらないうちに顧客が話し始めてしまうと、それを受け止める余裕が持てなくなります。そうすると、顧客のほうも不満に感じて、「商品を売りつけにくるだけのセールスパーソンなら来なくていい!」と考えてしまうわけです。悪循環ですね。

 

 くり返しますが、顧客の状況を聞くのは本来それほど難しいことではありません。いくつか質問を投げかけて、顧客が答えるのを待っていればいいのです。待てるかどうか。そこがポイントです。気まずい沈黙が少し続いても、我慢して待っていてください。そうしているうちに、「あれっ? この人、こんなにおしゃべりなんだ!」と意外に思うほど話してくれるタイミングが訪れるはずです。

 

 もし、顧客が状況を少しも話してくれないのであれば、よほど信頼されていないか、忙しいかのどちらかです。信頼されていないのであれば、上司に相談して同行してもらうなどして、信頼獲得に努めましょう。状況を聞くのはそれからです。忙しいのであれば、その場は早く切り上げて出直しをすればよいでしょう。とにかく、本来であれば顧客の状況を聞くのはそれほど難しくないことを理解してください。

 

乗り移るつもりで話を聞いていく

  顧客が状況を話し始めたら、column17でお話しした「相手の立場になって親身に話を聞く」ということを実践してみましょう。ある有名な美容師さんは、「私は、お客様の話を聞く時には、着ぐるみをかぶるつもりで、お客様の中に入っていくようにしている」と言っています。まるで、お客様に「乗り移る」ような感じですね。そうすると、お客様は、「自分のことを親身になって考えてくれている!」と感じるので、いっそう話しやすくなります。さらに、美容師さんのほうもお客様の気持ちや考えていることがよくわかるので、「どのようなヘアスタイルにしたら喜ばれるか」がハッキリとイメージできるようになるそうです。

 

 皆さんも、この美容師さんと同じように顧客の立場になって話を聞いてみましょう。ちょっと抽象的に感じるかもしれませんが、こうした感覚がもてるかどうかで顧客の理解に大きな違いが生まれます。こうした理解の方法は「視点取得」と呼ばれています。「感情移入」のように共感するだけでなく、相手の考え方などの論理的な側面も合わせて理解する必要があります。2008年にフランスのインシアードビジネススクールで行われた交渉力に関する実験でも、「視点取得を意識すると合意が形成されやすくなる」という結果が出ています。意識するだけで違いが出てきますので、ぜひ次回の営業活動から取り入れてみてください。

 

進行形で理解する

 顧客の状況を聞いていく時に、もう一つ大切なことがあります。それは「過去⇒現在⇒未来という進行形で理解する」ことです。顧客のところに行って「いやあ、なかなか先が見えない世の中だし、状況は厳しいよ」なんて話を聞いたとします。これだけでは、ただ不安で厳しいということを断片的に理解しただけですね。こんな話ばかりしていると、なんだか世の中に希望がもてなくなります(笑)。

 

 そこで、進行形で理解するようにしましょう。顧客は、以前はどのような状態だったのでしょうか。なぜ現在は、厳しい状況になったのでしょうか。そして、そうした厳しい状況の中で、これからどうしようとしているのでしょうか。なるべくお金を使わないようにする?それだけでしょうか。もし、本当にお金を使わないことだけ考えているのであれば、その顧客は将来性がまったくありません。でも、実際にはそのような企業は少ないはずです。

 

 筆者は、数多くの企業からご相談をいただいています。そのほとんどが、「厳しい状況だからこそ、何らかの『次の一手』を探している」と言います。たしかに、安易にはお金を使いませんが、必要とあらば予算をとって新しいことにチャレンジしようとしています。世の中の変化に対応しようとしているわけです。昔のように「景気がよくなるまで、ひたすら経費節減をして耐え忍ぼう」などと考えている企業は一つもありません。筆者は、そのように進行形で理解した上で、「対話力の強化が、『次の一手』になり得るかどうか」をお客様とすり合わせていくようにしています。

 

 ぜひ、顧客を理解する際には、「過去⇒現在⇒未来という進行形で理解する」ように努めてください。顧客の見え方が、これまでとは変わってくるのではないかと思います。

 

要望やニーズは「いつの間にか出てくる」

 ここまでお話しした、①しっかりと下準備をする ②状況を話してくれるのをきちんと待つ ③話し始めたら、顧客の立場になって親身に状況を聞く ④顧客の状況を、過去⇒現在⇒未来という進行形で理解する という一連の流れがしっかりできるようになると、いつの間にか要望やニーズが出てくるようになります。逆に言うと、要望やニーズは、露骨に聞き出そうとしなくても、状況をしっかり聞けるようになれば自然と出てくるのです。

 

 こう言うと、「そんな面倒なことをしないで、要望やニーズだけをポンと聞き出せないものかなあ?」と思われるかもしれません。たしかに、「お客様のご要望をお聞かせください」と聞けば、何らかの返答は得られるでしょう。しかし、こうした安易な方法で聞き出した要望やニーズは、どうしても現実からかい離しがちになり、「単なる思いつき」や「身勝手な要求」になることが多いのです。

 

 よく、「セールスパーソンが顧客の無理な要求に振り回され、それによって社内の人たちが迷惑を被る」ということが見受けられますよね。たしかに、顧客というものは横暴で理不尽なことを言いがちです。しかし、こうした事態に陥るのは、セールスパーソンの人たちが顧客の状況を把握しようとせず、要望やニーズだけを安易に聞いているのが原因であることが多いのです。

 

 もう一つ、要望やニーズだけを聞こうとすることのリスクを挙げます。それは、顧客がポンと伝えてくる要望やニーズは、他社にも同じことを言っている可能性が高いことです。ということは、それを聞いて対応するだけでは、一向に差別化につながらないわけです。冒頭でお話ししたような「この担当者は、私(当社)のことをよく理解した上で商品を提案してくれている」と思ってもらえるようにするためには、やはり辛抱強く状況から聞いていく必要があります。

 

課題とは何か

 要望やニーズと同じく、課題も顧客からポンと聞き出すことはできません。ちなみに、課題とは「現在の状況と望ましい状態との間にあるギャップ。これを乗り越えたら、望ましい状態になるであろうと思われること」を言います。すなわち、状況、要望、ニーズなどを、すべて聞き出していかないと、顧客の本当の課題は見えてこないのです。

 

 こうして見ていくと、顧客から状況、要望、ニーズ、課題を聞くのは、それぞれ難易度が違うことがわかると思います。それなのに、これらを一緒くたにして考えているセールスパーソンや、マネージャーが多いように思います。まずは、しっかりと顧客の状況を聞けるようになりましょう。また、マネージャーの皆さんは、こうした難易度の違いを理解した上で、部下を指導するようにしてください。

 

 当社の研修では、「現状認識が何よりも大切である」と教えています。そして、相手の状況が無理なく聞いていけるように、くり返し練習を重ねます。やはり何事も基礎・土台が大切です。顧客から信頼されて、商品力や価格ではなく自分の力で差別化できるようになるのは、セールスパーソンにとって大きな喜びにつながります。ぜひ皆さんも、まずは状況をしっかり聞くところから始めてみてくださいね。

 

 今回も、最後までお付き合いいただき有難う御座いました。次回は、「部下との対話」について考えていきます。最近は、以前のような「同質な人材によるピラミッド型の組織」は少なくなり、上司・部下の関係も大きく変わってきました。自分よりもずっと年下や、逆にずっと年上だったり、また国籍などのバックグラウンドが異なる、「ギャップが大きい部下」をマネジメントすることが多くなりました。それだけ、昔に比べてマネジメントが難しくなっていると言えます。そこで次回は、ギャップが大きい部下をもつ上司の皆さんに、ヒントとなるお話をしたいと思っています。