column1  伝えるだけでは伝わらない

コミュニケーションってむずかしい・・・

 多くのビジネスマンが「コミュニケーション」というものについて悩みを抱えています。私はコミュニケーションに関する教育・研修を仕事にしていて、相談を受ける機会が多いから余計にそう感じるのかもしれませんが、コミュニケーションについて悩んでいる人は年を追うごとに増えてきているように思います。そこで、このコラムでは、コミュニケーションについて悩んでいる人たちにヒントとなることを、たくさんお話ししていきたいと思っています。

 

話すことばかり考えない

 今回お話ししたいのは、「コミュニケーションを良好にするには、伝えることばかり考えずに、聞くことも意識するといいですよ」ということです。コミュニケーションには発信・受信の二つの方向がありますが、多くの人は発信することばかり考えていて受信する努力を怠ってしまっています。ここに大きな問題があるのです。

 

 「コミュニケーションがうまくいかない」という悩みは、つまるところ「伝えたいことが、思うようにうまく伝わらない」ということではないでしょうか。このように悩んでいる人は、一生懸命に伝える努力をします。しかし、「伝える」ということと「伝わる」ということは、まったく別なのです。ここのところをしっかり理解することが大切です。

 

 例えば、多くのセールスパーソンは商品の魅力を顧客に伝えようと一生懸命努力しています。とはいえ、詳しい資料を作成し、セールストークを駆使して顧客に伝えても、なかなかわかってもらえないものです。一生懸命に伝えようとすればするほど、「売り込みだ」と思われてしまうので、顧客は聞く耳をもってくれない。いくら資料がわかりやすくても、セールストークが上手でも、それだけでは「伝わらない」のです。

 

 そこで、商品の魅力を伝える前に、顧客の話を聞いてみましょう。ただ傾聴するだけでなく、顧客が今どのようなことに困っているのか聞き出してみます。そうしてから、「ああ、それだったら、この商品がお役に立ちますよ」ということを具体的に説明してみましょう。こうすれば、少しくらい資料がわかりにくくても、セールストークがたどたどしくても、顧客は聞く耳をもってくれます。すなわち「伝わる」ようになるわけです。これが対話の威力です。

 

しゃべりすぎる営業マンは売れない

  よく、「しゃべり過ぎる営業マンは売れない」と言われますよね。逆に、「トップセールスには聞き上手な人が多い」という話も聞きます。しゃべり過ぎる営業マンは伝えることばかり考えているのに対して、トップセールスは相手をよく理解してから伝えようとしています。発信と受信のバランスがとれているのです。

 

 これは営業活動だけでなく、マネジメントでも同じことが言えます。優秀な上司は、部下の話を聞いて状況を理解し、それに応じて指示・命令・指導をしています。やはり発信と受信のバランスがとれている、対話しているわけです。部下のほうも、自分のことをわかってくれる上司の話は聞こうとするものです。逆に、部下の話を聞こうとせず、やたらと説教ばかりする上司の話は、誰も聞きたくありませんよね(笑)。

 

 「7つの習慣」で知られる故スティーブン・R・コヴィー博士は、第5の習慣に「理解してから理解される」という言葉を残しています。これは、「相手のことをよく理解してこそ、自分の伝えたいことが理解してもらえる」ということです。短い言葉で対話の有用性を的確に表現されていて、いつも素晴らしいと感じています。

 

 また、「コミュニケーションは、キャッチボールのようなものだ」とよく言われます。キャッチボールは、その名の通り「球の受け取り合い」です。決して、「球の投げつけ合い」ではありません。それだと、ドッジボールになってしまいます。こう言うと笑い話みたいですが、ドッジボールのようなコミュニケーションは、実際の場面でよく見受けられます。

 

 伝えることばかり考えている人は、球を投げつけて相手にぶつけることばかり考えているわけです。「しゃべり過ぎる営業マン」「説教ばかりする上司」のコミュニケーションは、まさにドッジボールですよね。だから相手は、球を受け取るよりも逃げることを考えてしまいます。まさに「伝えるだけでは伝わらない」ということです。

 

 ビジネスだけでなく、例えば親子のコミュニケーションでも対話が大切です。子供が言うことを聞かないからと、ガミガミとうるさく言ってばかりいるのは、球を投げつけてばかりいるのと同じです。これではドッジボールになってしまいますので、子供は球を受け止めることよりも逃げることばかり考えてしまうわけです。

 

 ただ、私は「伝える努力は必要ない」と言っているわけではありません。大切なのはバランスです。「伝えようとする努力」と「相手の話を聞こうとする努力」のバランスが取れて対話になっている。こうしてこそ、良好なコミュニケーションが生まれるのです。

 

これからの時代は、対話上手であることがますます必要とされる

 現代のビジネスは、「モノ」から「コト」へと急速にシフトしていて、どのような分野でも高度なソリューションの提供が求められています。こうしたビジネスを行うには、顧客との濃密なコミュニケーションが欠かせません。顧客の状況や課題を正しく把握しなければ、正しいソリューションが提供できないからです。そうした意味で、対話上手であることは、これからますます必要とされると思います。

 

 当社は東芝、日本IBM、日本生命など数多くの企業に研修を提供していますが、これらの企業はこうした時代の変化に対応しようとして当社に研修を依頼しています。しかし、「顧客の状況や課題を正しく把握する」というスキルを意識して教育している企業は、まだまだ少ないと思います。実際に、受講した方々に話を伺うと、「これまで研修はたくさん受けてきたけど、こうした研修は初めて受けました」という人がほとんどです。

 

 伝えるスキルに関しては、どの企業でも日頃からロールプレイなどを通して熱心に取り組んでいるものです。ということは、残念ながら「もう伸びしろが少ない」という見方もできます。一方で、対話力(話し合う力)に関しては、ほとんど目立った努力をしていないのではないでしょうか。ということは、手つかずだからこそ「伸びしろがたくさんある」ということになります。同じ努力をするなら、伸びしろがたくさんある分野に注力したほうが、得られるものが多くなります。実は、私がビジネスコミュニケーションの中で対話力(話し合う力)の教育に注力している理由はここにあります。

 

 それから、対話上手であることは女性が長く仕事をしていく上でも大切な能力です。日本の職場では、まだまだ「ホンネは飲みながら話す」というところが残っています。そうすると、就業時間に制約がある人はどうしてもハンデを負ってしまいます。なるべくビジネスタイムの中でコミュニケーションを深めてホンネを聞き出せるようになることは、就業時間に制約のある人にとって有効なスキルだと思います。女性の管理職を増やそうという取り組みが始まっていますが、こうした点についてもぜひ目を向けてほしいと考えています。

 

 では、話す⇔聞くのバランスがとれた対話上手になるためには、一体どうすればよいのでしょう。一生懸命に傾聴すればよいのかというと、実際はそれほど簡単なものではありません。ただウンウンと話を聞いていても、こちらの知りたいことを聞き出すことはできませんからね。次回は、その辺りについて詳しくお話ししていきましょう。