あなたに必要なのは「話す力?」or「話し合う力?」①

「対話」と「議論」 何が違うの?(column40)

2020年代に入り、世の中は混迷の度を深めています。ビジネスで求められるコミュニケーションも、より難しくなってきました。しかし、この「コミュニケーション」というもの。なんだか、つかみどころがなくて、どうすれば良いのかわかりにくいですよね。そこで、このコラムでは、「こうすると良いですよ」ということをハッキリお伝えしていきます。ビジネスの現場で使える考え方とノウハウを、たくさんお話ししたいと考えています。

 

「もっと議論を尽くしましょう」でいいのかな?

 今年初めのテレビ番組には「今後10年を予測する」という類のものが多く見られました。まず話題にのぼるのが、温暖化などの環境問題。そして、エネルギーや資源に関すること。さらに、AIやバイオテクノロジーなどの最新技術を、どのように活用していくか。いろんな識者の方々が、各人なりの意見を述べていました。

 

その締めくくりは、たいてい「専門家任せにせず、もっと議論を尽くさないといけません」というものでした。でも、この「議論を尽くす」って、けっこう昔から言われている割に、あまりうまくいっていないと思いませんか? これは、「もっと議論すればいい(頑張ればいい)」という単純な話ではなくて、議論するという行為自体に何か問題があるのではないでしょうか。

 

議論しようとすると、どうしても「主張する・自分の意見を押し通す」ことに注力しがちになります。そのため、議論は「勝ち・負け」になりやすい。「勝ち・負け」になると、「多数派」「声の大きい人」「立場が強い人」が有利になります。そうすると、少数派で立場の弱い人たちは議論するのがバカバカしくなります。「議論したってしょうがない」という感じですね。だから、少数派の人は議論しようとせず、残念ながらテロ行為などの極端な行動に走ったりするわけです。

 

現在の日本は、成人人口の約8割が40代以上になっています。20代、30代は「圧倒的少数」です。こんな状態で「議論」をしても、多数派が勝つに決まっていますよね。ちょっと話を大きくしますが、現代の民主主義社会がおかしくなってきているのは、議論という行為に限界があるためだと思っています。

 

議論だけでなく、対話をするべき

では、どうすれば良いのか。議論だけでなく、もっと対話(話し合い)をするべきなのです。とはいえ、議論と対話は何が違うのかわかりにくい。そこで、両者の違いをパッと見てわかるように整理してみましょう。

 

  • 会話(conversation)特にテーマなく話し合う「おしゃべり」。
  • 対話(dialogue)あるテーマについて話し合い、合意を形成する。
  • 議論(discussion)あるテーマについて意見を出し合う。
  • 討論(debate)あるテーマについて意見を出し合い、決を採る。

対話とは、「あるテーマについて話し合い、合意を形成する行為」です。そう考えると、ビジネスで最も必要なのは対話だということがわかります。お客様や上司・部下・同僚と日常的に行うのは、議論や討論ではありませんよね。

 

「日本人は議論や討論がヘタだ」とよく言われます。たしかに、私もそう思います。日本人は激しくぶつかり合うのが苦手なのです。

 

議論や討論は、ソクラテスが活動していた頃の古代ギリシアで盛んになりました。地域ごとにポリスと呼ばれる小国家が生まれ、政治家が公衆の前で議論を戦わせて、投票で多数決をとる民主政が行われました。このポリスは自由民と呼ばれる特権階級によって構成されていましたが、彼らは参政権と兵役の義務がある代わりに、所属するポリスの政治が気に入らなければ「資産と奴隷を連れて他のポリスに移る」ということができました。

 

気に入らないヤツは出ていけばいい。また、気に入らなければ出ていける。当時の都市国家とは、そういうものだったのです。だからこそ、対立を恐れず、ガツンと議論して、勝ち負けをハッキリさせることができる。ちなみに、ソクラテスが後世に名を残したのは、他のポリスに逃げ移れば死なずに済んだのに、自説を曲げることなく従容として毒杯を仰いだからです。

 

「出ていけ!と言える。また、出ていくところがある。だから、決定的な対立を恐れない」。こうした風土は、米系を中心とした外資系企業をイメージするとわかりやすいと思います。私は中国でもビジネスをしていますが、中国もこうした風土に近いですね。

 

日本人には、対話が向いている

一方、日本は大陸と違って島国ですから、出ていくところがありません。さらに、元々人口が少なかったので、農耕に必要な人的資源を大切にしなければなりませんでした。だから、「出ていけ!」なんてできない。そこで、激しくぶつかり合う議論や討論ではなく、対話(話し合い)によって物事を進めるようになりました。

 

そもそも日本では、八百万の神々も話し合いをしています。天照大御神が須佐之男命の乱暴を怒って天岩戸に隠れた時、神々は困って「どうしようか」と話し合ったというのです。そうして、岩戸の前に皆で集まってドンチャン騒ぎをして、天照大御神が「何事か?」と顔を見せたところをガッと引っぱり出した。これ、可笑しいですよね。神様が集まって話し合うなんて、なんと日本的なんでしょう。そしてまた、解決方法もユーモアがあっていい。私はこの神話が大好きです。

 

今でも、日本人は議論や投票で争うよりも、話し合いをして穏便に決めようとしますよね。これを「意思決定のプロセスがわかりにくい」といって外人は非難します。ただ、「決定的な対立を生みにくい」という点では、対話にはメリットがあるのです。議論を戦わせてばかりいると、現在のアメリカやイギリスのように、大きな困難に直面した際に分断を生む危険があるわけです。

 

議論と対話。それぞれにメリットとデメリットがあります。特長を見極めて、両方を使いこなすことが大切です。特に日本人は元々対話が得意だったのですから、その得意分野にしっかり磨きをかけたほうがいいですよね。

 

近年の日本は、こうした日本人の特性を踏まえずに、欧米型の考え方や手法を安易に導入しているように思えます。学校教育でも、ディベートやプレゼンなどの「見た目に派手なコミュニケーションスキル」が重視されています。その結果、「プレゼンは上手なのに、話し合いができない」という若い人が増えています。

 

プレゼン上手より、対話上手を目指そう!

 現実的に、今の日本のビジネスで、スティーブ・ジョブズのようなプレゼンが必要な機会はそれほど多くありません。それよりも、日常的な対話力のほうがよほど大切です。「自分は話しベタで…」という人は多いですが、プレゼンと違って対話は「うまく話す」必要はありません。コミュニケーションに苦手意識のある方は、無理してプレゼン上手になろうなどと思わず、ぜひ対話上手を目指してください。

 

私は、ビジネスにおける「対話」について研究し、そこで得た知見を誰でも学べるようにまとめて提供しています。対話力を強化するには、どうしても演習が必要なので、主に行っているのは研修です。でも、読んでわかる考え方やノウハウもあります。このコラムでは、これまで数多くのビジネスパーソンに対話の教育を行ってきた経験から、意外と知られていない対話のセオリーや、具体的な活用方法を、お話ししていきたいと考えています。

 

今回は、初回ということで少し大きな話をしてしまいました。次回以降は、具体的な場面がイメージできるような、リアルな話をしていきます。