column10 誰にも必ずある「話し始めるボタン」

 初めにお断りしておきますが、これからお話しするのはマジックのようなものではありません。「ごく当たり前のステップを積み重ねることで、ホンネを引き出す可能性を高める」というものです。妙な期待はしないでくださいね(笑)。

 

 相手から、ホンネを聞き出すためには、いくつかのステップが必要です。私が提供している「聞き出す力養成講座」という研修では、もっと細かいステップやノウハウを学ぶのですが、ここではその一部をご紹介したいと思います。

 

相手のホンネを引き出すために必要なステップは、

1.相手の話す意欲を高める

2.自分が聞きたいことを話してくれるよう依頼する

3.話を徐々に深めていく

4.ホンネを引き出す

というものです。

 

 まあ、こう書いてしまうと、当たり前ですね・・・(笑)。

でも、このステップをしっかり踏み行うと、ホンネを引き出せる確率が高くなるのです。

 

今回のコラムでは、1と2について解説していきます。

 

1.相手の話す意欲を高める

  私は、「聞き出す力養成講座」という研修を開発する際に、様々な「聞き出すプロ」と言われる人たちのところに出向いて、考え方やノウハウを取材しました。新聞記者、ジャーナリスト、刑事、検事など、いろいろなプロの人たちから話を伺いましたが、最も参考になったのは「夜の銀座で働くお姉さん」たちから学んだことでした。

 

 ある時、伝手を頼って、いわゆる「銀座の高級クラブ」で働くAさんという女性からお話を伺うことができました。

 

 銀座の高級クラブには、多種多様なお客さんたちが集まります。そこで働くAさんたちには、個々のお客さんに応じて会話する能力が求められます。おしゃべりで、自分から好き勝手に話してくれるお客さんなら問題ありませんが、口の重い人も少なからずいるものです。こういうタイプのお客さんを相手にする際は、「どの話題を選ぶか」が重要です。そのために、Aさんはお客さんの肌や持ち物などを、それとなくチェックしているそうです。

 

 Aさんによると、やはり趣味の話は盛り上がりやすいのだそうです。そこで、たとえば日に焼けているお客さんならすぐ手を見るそうです。ゴルフは左手しかグローブをはめませんから、左右で焼け方が違うわけです。ゴルフではないとすれば、首筋を見てみる。首筋が焼けている人は、釣りを趣味にしている人が多いそうです。趣味以外では、お孫さんやペットの話題なども盛り上がりやすいそうです。

 

 そうして見つけた話題について、お客さんが少しずつ話し始めたら、ゆっくりと傾聴してあげる。自分の好きなことを気持ちよくしゃべることができる環境って、意外と少ないですよね。しかも、相手は美しい女性ですから、なおさら気分がいいものです(笑)。そのうちに、お客さんはスイッチが入ったようにしゃべり続けるそうです。

 

驚愕したひと言「人には必ずボタンがある」

 Aさんたちは、このように「お客さんが喜んで話す話題」を「ボタン」と呼んでいるそうです。彼女たちの仕事は、「お客さんが個々に持っている『ボタン』を探し出して、『おしゃべりのスイッチ』を入れてあげること」なのだそうです。私が取材していて驚いたのは、Aさんが自信に満ちた表情で「人には必ずボタンがあるのよ」と言い切ったことです。どんなに偉い人でも、気難しそうなおじさんでも、「ボタン」が必ずある。それを探し出して押してあげれば、相手は嬉々として話し始める。Aさんには、こうした技術と自信があるからこそ、どのようなお客さんを相手にしても楽しませることができるのでしょう。

 

 この「相手の『ボタン』を探し出して、『おしゃべりのスイッチ』を入れる」というのは、とても有効なアイスブレークの手段です。アイスブレークというと、天候などの当り障りのない話題が中心になりがちです。でも、当たり障りのない話題では、相手の「おしゃべりのスイッチ」を入れることはできません。やはり、「ボタン」を探し出して押すことが大事なのですね。

 

 ビジネスで話を聞き出す場合は、事前に相手の「ボタン」がどこにあるか調べておきましょう。BlogやTwitter、Facebookは、とても貴重な情報源です。キーパーソンと会う前には、必ず相手の名前をググっておきましょう。

 

 なお、相手の「おしゃべりのスイッチ」を入れるという行為は、警察などで犯人を取り調べる際にも使われています。よく、ニュースなどで「犯人は、取り調べにおいて、世間話には応じるものの、犯行については黙秘を続けている」なんていう報道がありますよね。あれは、取調官が犯人のスイッチを入れようと努力しているけど、なかなか入らない状態なわけです。

 

自分が聞きたいことを話してくれるよう依頼する

  相手の「おしゃべりのスイッチ」を入れたら、今度はこちらが知りたい方向に話題を転じます。その際には、「こういうことが聞きたいと依頼する」だけでなく、「なぜ聞きたいのかという理由を述べる」ことが必要です。

 

 ここで大切なことを言います。「理由を述べる」ということが非常に重要です。しかし、「しっかりした理由を述べる」ということは、必ずしも重要ではありません。「しっかりしていなくても構わないから、とにかく聞きたい理由を述べる」ことが重要なのです(笑)。

 

 簡単な例を挙げましょう。知り合って間もない相手から、連絡先を聞き出したい。その時に、「連絡先を教えてくれませんか?」とお願いするだけだと、個人情報に神経質な時代ですから「それはちょっと・・・」と断られてしまう可能性があります。そこで、「念のため、連絡先を教えてくれませんか?」と聞いてみましょう。そうすると、相手が教えてくれる確率がグッと上がるはずです。

 

 よく考えてみると、「念のため」というのは、理由としては脆弱ですよね。でも、この一言があるかないかで、相手が答えてくれる確率が全然違うのです。

 

 これは、心理学で「カチッ・サー効果」と呼ばれるものです。人は、「ある入力が入ると、自動的にある行為をしてしまう傾向がある」ということです。「カチッ」というスイッチが入ると、「サー」とプログラムが走り始めるのをもじって「カチッ・サー効果」と呼ばれています。面白いというか、何だか脱力してしまうようなネーミングですね(笑)。でも、このカチッ・サー効果は、実生活でとても活用できる理論です。

 

 実際に、ハーバード大学の心理学の教授だったエレン・ランガーが、興味深い実験をしています。彼女は、「コピー機の順番待ちに、サクラの実験者が割り込みをする場合、理由の有無で承諾率がどのくらい変わるか」を比較し、このような結果を得ました。

 

A:「先にコピーを取らせてもらえませんか」という「依頼」のみ伝える

B:「急いでいるので、先にコピーを取らせてもらえませんか?」という「理由+依頼」を伝える

両者の結果を比較したところ、Aは60%、Bは94%の承諾率でした。

 

これは驚くべきことです。「急いでいるので」という簡単な理由が添えられるだけで、承諾率が34%も跳ね上がったのです。すごいと思いませんか?

 

「理由らしきもの」があれば、承諾率は上がる

 彼女の実験で面白いのは、この次です。「『急いでいるので』という簡単な理由で承諾率が上がるということは、『理由らしきもの』があれば同じように承諾率が上がるのではないか」と考えたのです。

 

 そこで、こんな実験を追加しました。

C:「コピーを取らなければいけないので、先にコピーを取らせてもらえませんか?」という「理由らしきもの+依頼」伝える

 

 これ、可笑しいですよね。よく考えれば(考えなくても)、「コピーを取らなければいけない」なんて、割り込む理由になるわけがありません。それなのに、Cの実験における承諾率は93%だったのです。すなわち、「~なので」「~ように」などのフレーズが付いた「理由らしきもの」があるだけで、相手が承諾してくれる確率は高くなるのです。

 

 だから、「念のため、トラブルの内容をもう少し教えてもらえませんか?」「誤解のないように、今回の経緯を詳しく教えていただけませんか?」「せっかくの機会ですので、最近の御社の状況を教えていただけませんか?」という聞き方をするだけで、相手が答えてくれる可能性は確実に高まるのです。

 

 ただし、この実験はコピー枚数が5枚の場合で、それよりも多くのコピーを取らせてもらうには、「理由らしきもの」だけでは承諾率が上がりませんでした。ですから、聞き出したいことが重たい場合には、しっかりした理由が必要になります。とはいえ、日常会話の中で、ちょっとしたホンネを聞き出すくらいであれば、「念のため」「誤解のないように」などの「理由らしきもの」でも十分なはずです。

 

今回は、

1.相手の話す意欲を高める⇒「ボタン(相手の話したい話題)」を押して「おしゃべりのスイッチ」を入れる 

2.自分が聞きたいことを話してくれるよう依頼する⇒「理由(らしきもの)+依頼」を伝える

という2つのステップについてお話ししました。

 

次回は、

3.話を徐々に深めていく

4.ホンネを引き出す

という2つのステップについてご説明します。

 

 「聞き出す力」は、決して奇妙奇天烈なスキルではありません。当たり前のステップを踏んでいくことで回答の可能性を高めていく科学的な技術です。個人の資質などに関係なく、学べば誰でも伸ばすことができます。