column13 テクニックよりも大切な2つのこと

 この連載も、今回が最後となりました。ご愛読いただき、まことに有難う御座います。これまで12回にわたってあれこれお話ししてきましたが、まだまだお伝えしたいことがたくさんあります。今回のコラムでは、そうした「話し足りないところ」を書いていきたいと思っています。

 

タイトルに込めた想い

 本コラムのタイトルは、「『聞き出す力』で人を動かす」です。以前にも少し触れましたが、このタイトルに決めた真意を改めてお話ししておきましょう。デール・カーネギーが、「人を動かす」という本の中で一貫して説いているのは、「相手を尊重し、理解することの大切さ」です。平たくいうと、相手の立場や思考をわかってあげることです。そこで必要なのは、ただ傾聴するだけでなく、目的意識を持って能動的に話を聞き出そうとする姿勢です。

 

 司馬遷によって紀元前91年頃に書かれた「史記・刺客列伝」に、「士は己を知る者のために死す」という有名な言葉が出てきます。これが、「知己」の語源になったと言われています。「自分のことをわかってくれる人のためには、命を投げ出すことも厭わない」ということですね。「わかってあげる」ということは、これほどまでに人を動かす力があるのです。

 

 部下を動かすには、指示・命令・指導することも大切ですが、部下のことをよくわかってあげることが大切です。「私の上司は、私のことをよくわかってくれている」と思えば、部下は勇気が湧いてくるものです。お客様のことも、よくわかって差し上げましょう。社内の他部署とやり取りする際にも、わかってもらうことばかり考えず、わかってあげるようにしましょう。このように意識を変えるだけで、相手の動き方がずいぶん違ってくるはずです。

 

 ちなみに、「聞き出す力養成講座」は2015年から中国で提供されることが決まりました。ビジネスで「わかり合う」ことが大切なのは、全世界で共通です。ここのところ、中国との関係は良好とは言えませんでしたので、講座の普及が両国の関係改善への一助となればいいなと考えています。

 

テクニックよりも大切な二つのこと

  ここまで連載を進めてきて、少し懸念しているのが、「テクニック論に偏り過ぎてしまったかな」ということです。私としては、「聞き出す力は、キャラクターや相性などに関係なく、学べば誰でも伸ばすことができる科学的な技術である」ということをお伝えしたいと思っていました。また、読者の皆さんも具体的なノウハウに興味をお持ちのご様子でしたので、なるべくそれにお応えしたいと考えました。そこで、「こうすれば聞き出せる」的なお話を続けたのですが、テクニックの前に大切なことが二つあります。それが、欠けてしまったように思います。

 

 その第一は「誠実さ」です。人間関係で最も大切なのは、言うまでもなく誠実さです。聞き出す技術が足りなくても、誠実に一生懸命に話を聞いていれば、相手は深い話をしてくれるものです。当たり前過ぎて、取り上げるまでもないことなのかもしれませんが、やはり「誠実さ」が大切であることをここで再確認しておきたいと思います。

 

 もう一つは、「よい状態の自分を維持すること」です。しっかりと話を聞いていくのは、思った以上に消耗する行為です。体調が悪かったり、トラブルを抱えていたりしたら、できるはずがありません。これも、テクニックより前に大切なことです。規則正しい生活をする。身の回りの環境を整える。家庭を円満に保つ。趣味などでリフレッシュする。こうしたことにより、「よい状態の自分を維持すること」を心掛けていただきたいと思います。

 

 先日、加圧トレーニングの先生から話を伺ったのですが、トレーニングに来る人の多くは業績好調な企業の経営者や、優秀なビジネスパーソンなのだそうです。彼らは、「よい状態の自分を維持すること」の大切さがわかっているのだと思います。だから、忙しい中でも時間をやり繰りしてトレーニングに励むのでしょう。お金がない…、時間がない…、と言い訳をして、よい状態の自分を維持しようと努力しない。そういう人は、聞き出すテクニックをいくら学んでも、活用することができません。このことも、改めて確認しておきたいと思います。

 

「聞き出す力」は、ベテランの方にこそ磨いてほしいスキル

 相手の話を聞き出すことは、それだけナマの情報、影響力のある情報に触れることにつながります。この時、自分がしっかりしていないと、影響を受け過ぎてしまってふり回されてしまいます。話を聞き出すためには、「よい状態の自分を維持する」とともに、「しっかりとした自分を育成する」必要もあるわけです。そうした点で、「聞き出す力」は年齢を重ねることによってさらに伸ばせるスキルだと言えます。

 

 現在、「聞き出す力養成講座」は若手からベテランまで幅広い年齢層の方に受講していただいています。若い方は素直で技術的な習得は早いのですが、実際にスキルを活用しようとすると、ふり回されてしまいがちです。一方で、ベテランの方は技術的な習得には時間がかかりますが、相手にふり回されることはありません。人格的に余裕があるので、話す側も安心して打ち明けることができます。

 

 経験豊富なベテランが心掛けるべきことは、若い人のアイデアを上手に聞き出してサポートしてあげることではないでしょうか。その意味で、ベテランの方にこそ「聞き出す力」を意識して磨いていただきたいと願っています。

 

コミュニケーションスキルを伸ばすことの大切さ

  有難いことに、この連載を始めてから、企業経営者や人材教育担当者の方々からのお問い合わせをたくさんいただきました。多くの企業では、社員の知識や技能を伸ばす教育には熱心に取り組んでいるものの、コミュニケーションスキルに関する教育は後手に回っているのが現状のようです。とはいえ、必要性を認識していないということではなく、どうしたらよいものかと手をこまねいている状況にあるように感じています。

 

 企業の人材育成について考えた場合、個々の社員の知識や技能を高めていくのは、「スタンドアローンのパソコンを作るようなもの」だと考えています。もうお気付きかと思いますが、「パソコンの性能を上げる」ことも大切ですが、「ネットで接続する」ことも必要ですよね。この「接続する」という能力を担うのがコミュニケーションスキルだと思うのです。

 

 コンピュータには「並列コンピューティング・分散処理」という考え方がありますが、これは人間も同じです。一人ひとりの能力はそれほど高くなくても、つながり合い、補い合い、協力し合うことによって、大きなパフォーマンスが発揮できる。コミュニケーションが良好な組織は、「優秀な人材が多いけどバラバラな組織」に難なく勝つことができる。これが組織の力だと思います。

 

 私自身としては、コミュニケーションスキルを体系的に整理して、より効果効率的に教授できるようにすることで、組織の力を強化するお手伝いを、これからも続けていきたいと考えています。

 

 

 連載の最後ということで、話し足りないところをお伝えしようとするあまり、あれこれと話が散漫になってしまいました。申しわけありません。最後までお読みいただき、まことに有難う御座いました。この連載が、多少なりと参考になりましたら嬉しく存じます。

 

 最後になりましたが、皆様がビジネスでますます成功され、プライベートでも良好な人間関係に恵まれますことを、心から祈念いたしております。