column14 あなたの「聞く技術」に空いている大きな穴

 最近、「顧客との対話」を重視する企業が増えています。社会が成熟化して、世の中にモノがあふれるようになり、企業は「いいモノを作る」だけでは生き残れない時代になりました。ビジネスはどんどん高度化・複雑化し、どのような業種でも顧客に手厚いサービスを提供することが求められています。そして、手厚いサービスを提供するためには、顧客としっかり向き合って対話することが欠かせません。こうしたことから、「顧客との対話」を重視する企業は、これからもっと増えていくだろうと思われます。

 

 しかし、重視する企業は増えたものの、「顧客との対話がうまく行っている」という企業は増えていません。これは、なぜでしょうか?いくつかの要因が考えられます。顧客も忙しいので、昔みたいに悠長につき合ってくれなくなりました。セキュリティやコンプライアンスの問題があるため、客先に気軽に顔を出せる環境ではなくなりました。さらに、接待などの習慣がなくなり、時間をかけて人間関係を築いていくことも難しくなりました。対話が必要とされているのに、ゆっくり話せる環境ではなくなりつつあるわけです。このような背景から、昔に比べて高い対話力がビジネスパーソンに求められる時代になったと言えます。

 

 私は、コミュニケーション・コンサルタントとして、数多くの企業に研修やコンサルティングを提供し、社員の皆さんの対話力を高めるお手伝いをしています。本コラムでは、そうした仕事で得られた経験をもとに、「対話力の向上」という切り口で、ビジネスパーソンの皆さんに参考になるお話をたくさんしていきたいと思っています。

 

対話力を高めるにはどうすればよいか?

 それでは、対話力を高めるにはどうしたらよいのでしょうか?結論を先に言うと、「聞くこと」にもっと注力するべきです。

 

 ここで、以下の図をご覧ください。

 

 

 上図は、対話の時に取り組むべきことを4つに分類しています。こうしてみるとおわかりのように、「相手に何を伝えたいか?」「(それを)どうやって伝えるか?」ということは、誰でも一生懸命に取り組んでいます。しかし、「相手の何が知りたいか?」ということは、あまり取り組んでいません。さらに、「(それを)どうやって聞いていくか?」ということは、ほとんど考えてもいません。

 

 皆さんも、少し考えてみてください。たとえば、取引先の本音が知りたい場合、どうやって聞いていきますか?意外と難しいですよね。「そんなの、出たとこ勝負だよ」「思い切って聞いてみるしかないでしょ」という人も多いのではないでしょうか(笑)。「伝えること」ばかり考えていて、「聞くこと」をおろそかにしているので、「どうやって聞いていくか?」ということについては「考えることすらできない状態」になっています。対話を構成する要素において、この部分だけポッカリと「大きな穴」が空いているようなものです。

 

 これは、個人だけでなく、組織でも同じです。私はこれまで数多くの企業を見てきましたが、「どうやって聞いていくか?」ということについて、組織的に対応しているのを見たことがありません。どの企業も個人まかせにしていて、「できる人はできるけど、できない人はまったくできない」という状態を放置しています。

 

 実際に、皆さんの会社のことを思い出してみてください。たとえば、営業活動の場合を考えてみましょう。

①相手に何を伝えたいか?  会社案内・商品案内などの資料を作成することで対応

②どうやって伝えるか?   ロールプレイやプレゼンの練習を行うことで対応

③相手の何が知りたいか?  質問票・チェックシートなどを作成することで対応

④どうやって聞いていくか? ???

いかがでしょう。「どうやって聞いていくか?」というところだけ何も対応されていませんよね。やはり、ポッカリと「大きな穴」が空いているわけです。

 

 よく「対話はキャッチボールだ」と言われます。しかし、実際には「ドッジボールのような対話」が日常的に行われています。「伝えること」ばかりに一生懸命で、「聞くこと」をおろそかにしている。これは、投げつけるばかりで、キャッチすることをおろそかにしているのと同じです。このような状態では、対話がうまく行かないのはあたりまえです。私の仕事は、簡単に言うと、研修やコンサルティングによって、このポッカリと空いた「大きな穴」を埋めて対話力を強化し、顧客企業の商談決定率や従業員定着率を向上させることです。

 

「聞くこと」は未開発の可能性がある行為

 ほとんどのビジネスパーソンは、「聞くこと」の重要性を認識しておらず、スキルも磨いていません。これはとても残念なことですが、逆に言えば「のびしろがある」と考えることもできます。「伝えること」に関しては、もう一生懸命に取り組んできているので、少しくらい努力しても大きな成果は得られません。同じ労力をかけるのであれば、「聞くこと」に注力したほうが得策です。実際に、商談決定率が30%向上するなど、顕著な効果が出た例がたくさんあります。

 

 ここで、「聞くこと」についての誤解をといておきましょう。「聞くことは受動的な行為だ」と思い込んでいる人が多いのですが、それは違います。相手の話をよく聞くことによって、こちらに対して好意をもたせることができます。こちらの話に聞く耳をもたせることもできます。さらに、あれこれ言われなくても自発的に行動するように促すことさえできます。「聞くこと」は、表面的には「伝えること」に比べて受動的に見えますが、たくさんの効果が得られる能動的な行為です。多くの人は、こうしたことを知らないか、知っていてもどうすればよいのかわからないままでいます。

 

 たとえば、皆さんが「右手に剣、左手に盾」を持って戦うとしましょう。右手の剣ばかり振り回していて、左手にある盾は相手が打ち込んできたのを受ける時しか使っていない。「伝えること」ばかり意識しているのは、こういう状態です。

 

 でも、盾を有効に使うと、相手に接近して急所が狙いやすくなります。殴りつけて戦意を喪失させることもできます。押さえつけて傷つけずに制圧することもできます。盾には有効な使い方がたくさんあるのに、相手が打ち込んできたのを受ける時しか使っていない。便利な道具なのに、ごく一部の機能しか使っていないわけです。これは、本当にもったいない話ですよね。

 

 

「くずし」と「かけ」

  もうひとつ、違う例を挙げましょう。私は学生時代に柔道をやっていました。柔道では、技をかける前に「くずし」を行います。柔道の試合を見ていると、組み合ってから相手をゆさぶるような動きをさかんに行っていますね。これを「くずし」といい、相手の体のバランスを崩すことを言います。バランスを崩してから技をかけると、それほど力を必要とせずに相手を倒すことができます。逆に、「くずし」を行わずに、技をかけるだけで倒すことができるのは、よほど両者の腕力に違いがある場合だけです。

 

 よく知られている「背負い投げ」という技は、相手を「どっこいしょ」と背負って投げるのではありません。相手のバランスを少し前に崩して、その下に潜り込むと相手は背中の上でグルンと一回転してしまいます。「くずし」をしなければ、強い相手を倒すことはできません。だから、柔道の試合を見ていると、技をかけるのはほんの一瞬で、ほとんどの時間を「くずし」に費やしています。「くずし」はそれほど大切なのです。腕力を鍛えて技をかけることばかり熱心に取り組む人がいますが、そういう人は決して強くなりません。

 

 ビジネスでも同じです。「説得・指導・提案」ばかり熱心に行うのは、腕力だけで相手を倒そうとしているようなものです。これは、努力の方向を間違えています。そうではなく、「聞くこと」によって相手をよく理解し、「この人は、自分のことをよくわかってくれている」という信頼関係を築いてから「説得・指導・提案」をすれば、相手は素直に聞き入れてくれるものです。このように、「聞くこと」は相手を動かすために欠かすことのできない能動的な行為なのです。

  

傾聴だけでは足りない

 これまで「聞くこと」の大切さをお話ししてきましたが、すると「それじゃあ、傾聴すればいいのね」と安易に考える人います。残念ながら、「どうやって聞いていくか?」という「大きな穴」を埋めるには、傾聴だけでは足りません。そもそも、相手が話してくれるからこそ傾聴できるわけで、もし相手が気難しくて話してくれない人だったら、それこそ歯が立ちませんよね。また、もし相手がおしゃべりな人だったら、一方的に話を聞かされる状態に陥りやすく、やはり対話になりません。

 

 私は、「アクティブリスニング」をより実践的にした「サポーティブリスニング」という概念を提唱しています。相手が話してくれないのは、「気持ちの準備ができていない」「話す内容が準備できていない」など、いくつかの要因があります。また、相手が余談ばかりするのは、「何を話したらよいかわかっていない」という可能性があります。そうした要因に応じて相手をサポートしながら話を聞いていくので、「サポーティブリスニング」と命名しています。傾聴するだけでなく、もっと能動的・主導的に話を聞いていくのが特徴です。

 

 サポーティブリスニングの教育は、昨年から中国でも提供されるようになりました。一般的なイメージとして「中国人は話を聞かない」と思われていますが、一概にそうとは言えません。例えば、自分の上司、先生などの話を聞く時は、日本人とは比べものにならないほど熱心に辛抱強く聞いています。しかし、対話の時の聞く姿勢は褒められたものではなく、どうしても相手を打ち負かすようなしゃべり方をする人がたくさんいます。これは、人口が多く苛烈な環境で生き抜いてきた中国人の歴史的・文化的背景からすると、やむを得ない面があります。

 

 そのような中国人たちに、「傾聴しましょう」といくら言い聞かせても行動は変わりません。しかし、サポーティブリスニングを教育すると、「自分は聞いていない・聞けていない」ということをきちんと認識して、素直に行動を改めるようになります。中国人は、はっきりしているので、自分にとって得にならないことはやる気になりません。サポーティブリスニングは、話を聞くことによってメリットがしっかり得られる行為ですから、学んだ人たちはスイッチが入ったようにやる気になります。中国では、商談決定率が30%⇒70%に向上するなど、日本以上に大きな成果が出ています。

 

 本コラムでは、これから数回に分けてサポーティブリスニングに必要な項目を説明していきます。その後は「無口な人・気難しい人との対話」「年齢の離れた部下との対話」など、皆さんが日頃難しいと感じている場面を想定して、どのように聞いていくとよいのか具体的に説明していきます。難しい専門用語は一切使わないで、やさしく楽しく解説していきます。目から鱗が落ちるようなお話をたくさんしていきますので、どうぞ次回以降もお付き合いください。