column17 相手の立場になって親身に話を聞く

(5)相手の立場になって親身に話を聞く

  前回、傾聴の大切さについてお話ししました。今回は、さらに一歩進めて「相手の立場になって親身に話を聞く」ということについてご説明します。イメージとしては、「相手が見ている風景を、肩を並べて一緒に見ているような感じ」で話を聞いていきます。話の内容を理解するだけでなく、しっかりと共感することが必要になります。

 

 会話の時、多くの人は「相手が発している言葉」だけを聞いています。しかし、その言葉の裏には、その言葉を発するに至った意図や背景が必ず存在します。この部分まで汲み取るようなつもりで話を聞いてみましょう。相手と同じ立場で、同じ体験を一緒にしているような感じで話を聞いていきます。

 

 たとえば、相手が今日あった出来事を話している時、そのプロセスを実際に自分も体験しているような感じで話を聞いていきます。楽しかった、嬉しかった、悲しかった、怖かった、腹が立ったなどの「言葉」を聞くだけでなく、自分も実際にその現場にいるつもりになって、疑似体験をするような感じで聞いていきます。

 

 実は、これができるかどうかが、相手から深い話を聞き出せるかどうかのポイントになります。人は、いきなり始めから本音を話すようなことはしません。あれこれと話しているうちに「実はね・・・」という本音が出てきます。その際に、「この人は、自分と同じ立場になって話を聞いてくれている」と感じてくれると、本音が出てきやすいのです。

 

人間関係を良好にする「最高の潤滑油」

 この、「相手が見ている風景を、肩を並べて一緒に見ているような感じで話を聞いていく」という行為は、人間関係を良好にする「最高の潤滑油」になります。ある人と仲良くなりたいと思ったら、何か気の利いたことを話そうとするよりも、その人の話を親身になって聞いていくことに注力するほうが得策です。

 

 円満な家庭を築きたかったら、家族の話を親身になって聞くことが一番です。職場の人間関係を良好にしたかったら、ちょっとした雑談をバカにせず親身になって聞いてみましょう。「ただ聞いているだけで、大丈夫かな?」と不安になるかもしれませんが、心配いりません。難しく考えないで、ひたすら相手の立場になって親身に話を聞いていってみてください。それだけで、必ず関係が良好になっていきます。

 

 特に、マネジメントに携わる方は、部下の話を聞く際にこのことを意識してみてください。部下との関係が良好になるだけでなく、「上司は私のことをわかってくれている」と安心するので、勇気をもって働いてくれるようになります。また、何か問題がある時にも、報告・連絡・相談がしやすくなります。結果として、大きなトラブルを回避することも可能になります。

 

 これは、社外の人に対しても同じです。取引先の社長が「いやあ、社長業ってのも、いろいろ苦労があってねえ・・・」なんて話をしてくれたらチャンスです。親身になって話を聞いていきましょう。その後にビジネスが大きく拡がっていく可能性があります。

 

 こういうと、「忙しくて、そんな悠長な時間はないよ」と感じる人もいるかと思います。でも、こうした会話に長い時間をかける必要はありません。部下との会話なら5~10分程度、取引先との会話なら15~30分程度で構いません。そうするだけで、ビジネスが円滑に進むのであれば、投資効率として考えてみても悪くないのではないでしょうか。

 

クレームや交渉時も有効

  クレームや交渉時も、「相手と肩を並べて」ということを意識して話を聞いてみましょう。「聞くことが大切ですよ」とお話しすると、「何でもかんでも、とにかく話を聞けばいいのかな?」という誤解をする人がいます。しかし、クレームや交渉の時、相手の「主張」を聞いてばかりいるのは得策とは言えません。「弁償しろ!」「賠償しろ!」「もっと単価を安くしろ!」という話をひたすらフムフムと聞いていても、お互いの関係が好転することはないし、歩み寄る余地も生まれてきません。

 

 このような時は、「相手の主張」ではなく「相手が置かれている状況・立場」を聞くようにします。なぜ、こういう主張をするのか。その言葉を発するに至った意図や背景が存在するはずです。その部分を汲み取るつもりで話を聞いていきましょう。

 

 たとえば、取引先が突然難しい要求を突き付けてきたら、「今日は、ずいぶん厳しいことをおっしゃいますね。何かあったんですか?」と聞いてみましょう。そうすると、「急にコストダウンのキャンペーンが始まって、対象となる製品の仕入値を一律で下げるよう通達がきた」などの話が出てきます。

 

 このようなことがわかれば、「対象製品の値下げを飲む代わりに、それ以外の製品を値上げして利益を確保することはできないか?」という交渉が可能になります。交渉とは、無理な要求を突き付けて相手に飲ませることではありません。相手とこちらでは立場が違うわけですから、その立場の違いを利用して、双方が飲みやすい状況を作りながら、こちらの利益を極大化していくことなのです。

 

(6)相手が考えを深めるための題材を提供する

  「相手が見ている風景を、肩を並べて一緒に見ているような感じで話を聞きましょう」というと、「とはいえ、相手と完全に視点を一致させることはできませんよね?」という質問を受けることがあります。その通りで、現実的には、知識、経験、立場などが異なる者同士が視点を完全に一致させることはできません。どうしても「ずれ」が生じるものです。「肩を並べて」と表現しているのは、そのためです。

 

 しかし、「ずれ」が生じるのは決して悪いことではありません。両目があることで遠近感や立体感がわかるように、同じ風景を違う視点で見ていくことで、相手に気付きを与えたり、状況を再認識させたりすることができます。「自分の立場になって話を聞いてくれている」と感じると、相手はこちらの話を素直に受け止めやすくなります。ですから、それほど表現に気を使わなくても、自分が感じたことを率直に伝えるだけで相手の考えを深めることができるわけです。

 

 多くの人は、会話の時に「自分が発言すること」にとらわれ過ぎています。もう少し、「相手の立場を理解すること」に注力しましょう。そうすれば、より的を射た発言をすることができます。さらに、相手はこちらの話に対して「聞く耳をもつ」状態になります。結果として、会話が有意義なものになっていきます。

 

サポーティブリスニングの「極意」

  前回のコラムで、「引きずる前に、寄り添うことが大切」ということをお話ししました。前述したように、「相手が見ている風景を、肩を並べて一緒に見るような感じ」で話が聞けるようになると、相手は本音を話しやすくなります。すなわち、「こちらが見たい風景」を見せてくれやすくなるわけです。

 

 さらに、こちらの話を受け止めやすくなるので、「こちらが見せたい風景(提案や指導)」を見てくれやすくなります。実は、このプロセスこそがサポーティブリスニングの「極意」です。

 

 筆者は、よく経営者から相談を受けます。そのような時、まずは「相手が見ている風景」を汲み取るように聞いていって、状況を把握します。次に、「資金面は?人材面は?」など「自分が見たい風景」を掘り下げるように聞いていきます。その上で、「こうしたらいかがでしょうか?」という「自分が見せたい風景」を提案していくようにしています。

 

 「聞き上手な人は、話し上手な人が多い」と言われます。これは、「相手の頭の中を想像しながら聞く」ということと「相手の頭の中を想像しながら話す」ということは、ともに「相手の頭の中を想像する」という点で共通しているからです。このコツがわかると、「話す」ことと「聞く」ことは別々ではなく、一緒であることが理解できます。そのため、サポーティブリスニングの概念を理解して実践していると、わかりやすい説得力のある話し方も自然とできるようになっていきます。

 

 以上のような理由から、「相手と肩を並べて同じ風景を一緒に見るように会話を進めていく」ということを実践すると、自然と関係が良好になって理解が深まり、双方の間で合意が生まれやすくなります。筆者が、「聞くこと」からアプローチして対話力を強化する手法を重視しているのは、こうした理由によるものです。

 

対話力の強化は、組織の生産性向上につながる

 対話力の強化は、個人だけでなく組織の生産性を高めることができます。このことについてお話ししておきましょう。

 

 生産性の向上は、人類が分業を始めたときからスタートしました。海で働く漁師、山で働く猟師、畑で働く農夫がそれぞれ一生懸命に仕事することで、三人とも魚も肉も野菜も食べることができます。「分業」が生産性向上のポイントであることは、今も昔も変わりません。

 

 ところが、現在のホワイトカラーの仕事は高度化・複雑化しているため、このような「作業を分担する(業務の線引きをする)」ことによる分業が難しくなっています。ボストンコンサルティンググループのディレクターのイブ・モリュー氏は「組織の生産性低下の原因は、明確・責任・評価である」と言い切っています。無理に業務の線引きをしようとすると、かえって生産性が下がってしまうのです。

 

 ホワイトカラーの生産性を向上させるには、「作業を分担する」のではなく「考えることを分担する」必要があります。コンピューターの処理能力が飛躍的に向上したのは「分散処理」ができるようになったからです。これは、人も同じです。上司の頭だけに依存して、部下は何も考えずに動いていたら、分散処理ができていないことになります。逆に、上司が方針を考え、部下が具体的なプロセスを考えることができたら、分散処理ができていることになります。分散処理には、接続が良好であることが必要です。すなわち、対話力の強化が欠かせません。

 

 野球やサッカー、ラグビーなどのチームスポーツでは、スタープレーヤーを集めるだけでは勝てないことがすでに常識になっています。各自が役割を果たすだけでなく、チームのことを考えてお互いをカバーし合いながらプレーしなくては勝てないわけです。そのために、選手たちはロッカールームなどでも短時間で濃密なコミュニケーションをとっているそうです。このチームスポーツで当たり前のことが、ビジネスの現場では当たり前とはいえないと思います。ホワイトカラーの生産性がなかなか向上しない理由はここにあります。

 

 筆者は、対話力を強化する教育だけでなく、それを活かして生産性を向上させるコンサルティングにも力を入れています。特に中国では、「協力する」という概念がもともと希薄なため、対話力の強化⇒分散処理⇒生産性向上というプロセスを踏むと、効果が劇的に現れます。日本においても、すでに始まっている人口減少・高齢化社会を豊かに過ごすためには、生産性の向上は欠かせません。微力ながら、これからの社会を明るくするお手伝いができればと思って仕事に取り組んでいます。

 

 

 ここまで、話を聞いていくために必要な考え方についてご説明してきました。次回以降は、「このような人を相手にした場合、どのように聞いていけばよいか」というノウハウを具体的にお話ししていきます。

 

 研修をしている時に一番多い質問が「無口な人・気難しい人に、どう対処したらよいか?」です。たしかに、相手に発言してもらわなければ対話が成り立ちません。次回は、そのために必要なノウハウをご紹介します。