column25 文化の異なる外国人も聞き方次第で理解できる

 今回は、外国人との対話について考えていきます。ビジネスがグローバル化してきたことから、誰でも外国人と対話する機会が多くなってきました。日本人は、すぐに語学力を気にしますが、対話で大切なのは語学力だけではありません。そこで今回は、文化的背景の異なる外国人と対話する際に、語学力以外に気をつけるべきポイントについて考察します。

 

私自身の中国進出の経験から

 初めにお断りしておきますが、私は決して「語学が堪能で海外経験豊富な国際派ビジネスマン」などではありません。思わぬご縁から海外で仕事をすることになって、四苦八苦しながらビジネスを進めているドメスティックなおじさんです。ただ、コミュニケーション・コンサルタントという仕事柄、「文化的背景の異なる者同士が、お互いの理解を深めるにはどうすればよいのか?」ということについて、以前から興味をもっていました。

 

 そんな私が、「中国でビジネスを展開しないか」とお誘いを受けました。進出に際しては、サービスを中国向けにローカライズする必要があります。そのために、数多くの中国と中国人に関する書籍を読み漁りました。また、中国全土から人が集まる上海市内を実際に歩き回って、中国人のコミュニケーションスタイルをじっくりと観察しました。さらに、数多くの企業を訪問したり、たくさんの方々と酒を酌み交わしたりして、ビジネスの現場を取材して回りました。

 

 そうして、知れば知るほど、日本人と中国人のコミュニケーションスタイルは異なることがわかりました。人口が多く苛烈な環境で生き抜いてきた中国人は、よく言えば柔軟でたくましいのですが、日本人からすると刹那的で自己主張が強く身勝手に見えます。中国人は、顔つきは日本人と似ているものの、中身は驚くほど違います。特に「聞く」ということに関して言うと、先生や上司の話をじっと聞く姿勢は素晴らしいものの、対話での聞く姿勢は褒められたものではなく、日本人以上に自分の主張を押し通すことばかり考えています。

 

 驚いたのが、「話を聞くことが大切だ」ということが頭から受け入れられなかったことです。日本人の場合、「人の話を聞くことって、大切ですよね?」と問いかければ、ほぼ全員が「そうですね」と肯定します。実際には、多くの日本人も伝えることばかり考えていて、聞くことをおろそかにしているのですが、少なくとも「人の話を聞くことが大切である」ということは常識になっています。

 

 ところが、中国に来て、同じように「人の話を聞くことって、大切ですよね?」と問いかけると、「はあ?」と驚かれるような否定的な反応が返ってきました。日本人は、誰しも子供の頃に「先生の話をよく聞きなさい」「友達の話をちゃんと聞きなさい」と教育されているものです。しかし中国人は「勉強しなさい」とは言われるものの、「話を聞くことが大切だ」という教育は受けていないのです。当時の私は、「えらいところに来ちゃったなあ…」と打ちのめされたような思いでした。

 

 研修業界では「コップを上向きにする」という表現がよく使われます。コップが上向きになっていないと、水を入れることができない。同じように、相手側がこちらの話を受け入れる状態になっていないと、いくらよいことを教えても入っていかない。「聞くこと」の研修については、中国人のコップは完全に下向きになっていたのです。私の中国進出は、「中国人のコップを上向きにするには、どうすればよいのか」を考えるところからスタートしました。

 

違うところは見えやすい。同じところは見えにくい

 そこで、「聞く側の立場」ではなく「聞いてもらう側の立場」はどうか聞いてみました。「話を聞いてもらうのは嬉しいですか?」と問いかけると、「もちろんだ」という答えが返ってきました。そして、「モノやサービスを買う時に、自分のことをよくわかってくれる人と、そうでない人と、どちらから買いたいですか?」と問いかけると、「もちろん、自分のことをよくわかってくれる人から買いたい」と言います。ということは、「聞いてもらいたい」「わかってもらいたい」という気持ちがある点は日本人と同じなのです。

 

 物事を観察する時のポイントに「違うところは見えやすい。同じところは見えにくい」というものがあります。よく観察すれば、日本人と中国人との「違うところ」はすぐにわかります。しかし、「同じところ」は当たり前すぎるようなことが多く、しっかりと彼我を観察しないと見えてこないのです。

 

 話を戻しましょう。「聞いてもらいたい」「わかってもらいたい」という点は同じであることがわかりました。そこで、たとえばセールスパーソンに「聞くこと」を教育する際には、「お客様のことを最小の努力で理解できるようになれば、今よりも効率よく売り上げを伸ばすことができる。そのために必要な『聞くスキル』を学びたくないか?」と問いかけるようにしました。すると、「それはいい。ぜひ学びたい!」とやる気を見せてくれるようになりました。

 

 日本人に説明する際は、あまり露骨に「これをやれば売り上げが伸びますよ」などというと、嫌悪されたり怪しまれたりします。だから、入口の説明は「聞くことって大切ですよね」などという感じで、ふんわりした大義名分のようなものから始めます。その後に、「売り上げが伸びる」「リピート率が上がる」などの具体的なメリットが得られることを、順を追って説明するようにしていきます。

 

逆に、中国人は具体的に得られるメリットが何なのかわからないとやる気になりません。だから、初めから露骨に「あなたのメリットになりますよ」と言ったほうがよいわけです。

 

 でも、そんな中国人に「聞くことは、あなた自身のためになるだけでなく、みんなのためにもなるんですよ」と言うと「それは素晴らしい!」という反応が返ってきます。ということは、中国人も「世のため人のため」は嫌いではないのです。

 

 実は、日本人と中国人ではプロセスが逆なのです。日本人は、「あなたのメリットになる」というのを露骨に出すと嫌がり、「世のため人のためになります。さらに、あなたのためにもなります」という言い方をすると喜びます。

 

 中国人は逆で、「あなたのためになります。さらに、世のため人のためにもなります」という言い方をすると喜びます。プロセスが逆なだけで、内容は同じなのです。これがわかってから、ビジネスがグッとやり易くなりました。中国でも、改めて「違うところは見えやすい。同じところは見えにくい」ということを実感しました。

 

 ただ、「中国人のほうがわかりやすいな」と思う面もあります。日本人は、自分のメリットを期待しながらも、ハッキリと口にしないで、「皆さんがよろしければ」などと発言して「いい人」を演じます。そのくせ、自分がメリットを得られないと不機嫌になって、後でグチャグチャと文句を言います。こういうのを、「下心」と言います。下心があるのに、大義名分を口にして、いい人を演じる。日本人のほうが、やっかいな気がしますね(笑)。

 

基本はまったく変わらない

 このように、中国人と日本人の違いを把握しながら、具体的にビジネスを展開していくのは、語学力とはまったく関係がありません。むしろ、ビジネスやコミュニケーションに対する姿勢や経験がものをいいます。特にコミュニケーションにおいては、「誠実に、相手のことをよく理解しようと努めること」が大切です。実は、ビジネスやコミュニケーションの基本は、どこに行ってもまったく変わらないのです。

 

 私は「サポーティブリスニング」という概念を提唱しています。その要諦は「誠実に、相手のことをよく理解しようと努めること」です。しかし、こうした抽象的なことを言うだけでは、誰も学ぼうとしてくれません。そこで、聞くことに関する概念的な説明から、具体的なノウハウ、細かいテクニックまで体系的に整理して、研修として提供しているわけです。

 

 中国人と日本人は違います。しかし、「だからビジネスがうまくいかない」というのはおかしいのです。中国人のことを理解すれば、やりようは必ずあります。そこで必要なのは、これまでにお話ししてきたことと同じです。「基本的な配慮をする」「興味・関心・問題意識をもつ」「適切な質問をする」「積極的に傾聴する」「相手の立場になって親身に話を聞く」「考えを深めるための題材を提供する」。こうした基本(原理原則)は、文化の異なる外国人を理解する際も変わりありません。

 

 なお、誤解の無いように申し上げますが、私は決して「語学力は必要ない」と言っているわけではありません。「語学力だけではない」そして「語学力以外の部分が大きい」ということが言いたいのです。

 

 私のようなおじさんは、「語学を習得してから海外に進出しよう」などと言っていたらタイミングを逸します。ご縁があれば、取りあえず行ってみて、今までの経験で得たものを駆使して何とかすればよいのです。おじさんも、どんどん海外に出ましょう。そして、大いにビジネスを展開しましょう。

 

 もちろん、若い人もどんどん海外に出ましょう。海外から日本を見ると、気付くことがたくさんあります。50歳を過ぎた私でも、日本と中国を往復することで、毎回たくさんの気付きを得ています。若い人であれば、なおさら多くの気付きが得られることでしょう。

  

天皇陛下は、傾聴の理想を体現している

 海外に出ると、相手の文化を理解することも大切ですが、自国の文化を理解することの必要性も実感します。いわゆる「アイデンティティ」ですね。特に私は、「日本発のコミュニケーションの概念」を海外に輸出しているわけですから、「日本人」と「聞くこと」を組み合わせた心棒のようなものを求めていました。

 

 そこで、古事記を読んだり日本文化の評論を読んだりしましたが、そもそも相手側に基礎知識がないと「八百万の神が…」「一神教ではなく、神々が対話して…」などと言っても、なかなかわかってもらえません。自分自身としても、なんだか話をこじつけているような感じがして、スッキリとしませんでした。

 

 しかし、日本には圧倒的な存在感で傾聴の理想を体現している方がいらっしゃいます。それは「天皇陛下」です。憲法で「国民の象徴」とされている天皇陛下は、話を聞いたからといって何かの活動ができるわけではありません。しかし、被災地や戦争の激戦地に足を運び、そこにいる人たちの声に静かに耳を傾けています。そうすることで、数多くの人々に勇気を与え続けています。

 

 人の話を聞くというのは大変なことです。しかも、陛下はご高齢の身で、被災地など大変な状況の中に足を運び、悲惨な経験をした人たちの声に静かに耳を傾けるという行為を続けています。これは、並大抵のことではありません。「聞くこと」の専門家として、海外に出向くようになって、改めて陛下のご活動を心から誇りに思うようになりました。

 

 聞くところによると、陛下は「象徴」としてのあり方を自ら考え抜いて、今のようなスタイルに辿りついたのだそうです。世界中の王族で、「国民の声に静かに耳を傾ける」という姿がすぐにイメージできる方がいるでしょうか。政治的な思想などとは関係なく、日本人は純粋に天皇陛下の存在を誇りに思ってよいと思います。

 

 最後に、偉そうなことを書き連ねてきましたが、ビジネスは一人ではできません。私が中国で活動できるのは、パートナーとして活動してくれている楊文櫻氏、そして数多くのお客様、諸先輩・友人・知人の協力があるからです。これも「基本はまったく変わらない」ですね。この場をお借りして、心より感謝申し上げます。

 

 今回も、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。この連載も、次号でいよいよ最終回を迎えます。これまで、ビジネスにおける場面ばかり取り上げてきましたが、対話が大切なのはプライベートも同じです。むしろ、配偶者や子供など、身近な人の話を聞くほうが意外と難しいものです。夫婦の会話がない、親子の会話がないという話もよく聞きます。身近な人との対話がうまくいくかどうかは、人生の幸福度にも大きく影響します。そこで次回は、身近な人の話を聞く時のポイントについて考察したいと思います。