column3 「聞き出す」って意外と難しい

 皆さんは、部下に「この件について、どう思う?」とか、家族に「「誕生日プレゼント、何がほしい?」と聞いてみても、ハッキリした答えが返ってこなかった経験はありませんか?また、久しぶりに訪ねた顧客の状況を知ろうとして「その後、いかがお過ごしですか?」と聞いてみたところ、「そうねえ、まあ、ボチボチだよ」などのボンヤリした答えしか返ってこない。こんな経験はありませんでしょうか?

 

 「聞き出す」という行為は、実際にやってみると意外と難しいものです。相手の人は、こちらが知りたいことに答えようとして、あらかじめ準備しているわけではありません。つまり準備不足なのです。そのため、急に質問されると「話したくないわけではないけれど、うまく言えない」という状態に陥ります。特に日本人は自分の考えを述べるのに慣れていないため、「どう思う?」などと聞かれるとすぐにモゴモゴしてしまいます。

 

 こうしたことから、先ほどのような「部下の意見」「家族の要望」「顧客の状況」などが聞きたければ、相手が準備不足であることをわきまえて、話しやすいようにサポートしながら聞いていく必要があります。しかし、これまでもお話ししたように、多くの人は話すことばかり考えていて、聞くことの大切さを認識しておらず、スキルも磨いていません。そのため、「話しやすいようにサポートしましょう」といっても、よくわからない人が大多数です。

 

 そこで私は、このサポートしながら聞いていく手法を短時間で習得できるように体系化し、「聞き出す力(サポーティブリスニングスキル)養成講座」と名付けて研修として提供しています。よく知られている「アクティブリスニング(積極的傾聴)」よりも、ビジネスで具体的に活用しやすい手法です。

 

「話しにくい」には、二つの方向性がある

  あまり意識されていませんが、「話しにくい」というのは大きく分けて二つの方向性があります。その一つは、「表現の難易度が高い」という方向。そしてもう一つは、「ストレスレベルが高い」という方向です。図にすると、以下のようになります。

  

 

 当然ですが、最も話しやすいのは左下の「表現の難易度もストレスレベルも低い」ことです。問題は、ここからどちらの方向に聞き進めていくかです。結論を言うと、「表現の難易度が高い」方向に聞き進めるのが得策です。表現の難易度が高い方向を聞いていくには、先ほど言ったように相手が話しやすいようにサポートしてあげることが必要です。これは、サポートする技術を学べば誰でも行うことができます。

 

一方、「ストレスレベルが高い」方向に聞き進めるのは、「聞き出す」というより「踏み込む」という感じです。これは、相手との相性や聞き手のキャラクターが大きく影響します。相性やキャラクターは人それぞれであり、技術的に習得するのは難しいと言えます。

 

 多くの人は、この二つの方向性を混同しています。例えば、優秀なセールスパーソンの中には、顧客の懐に入って内部情報を得るのが上手な人がいます。こういう人に、どうやって内部情報を得ているのか聞いてみると、「やっていることは単純なんですよ。『そこをなんとか教えてくださいよ~』ってお願いしているだけです」という答えが返ってきたりします(笑)。もうお分かりの通り、これはその人のキャラクターだからできるのであって、誰でもできるわけではありません。

 

 では、そうしたキャラクターを持ち合わせていない人が、「話したくないこと」を踏み込んで聞いていくにはどうすればよいのでしょうか。それは、遠回りになりますが、「表現が難しいこと」をサポーティブに聞き出してから踏み込んでいくことです。モヤモヤしていることを上手に聞き出してあげると、相手は「話のわかる人だ!」と感じてくれます。そうすると、信頼関係が生まれてくるので、「話したくないこと」についても踏み込んで聞いていきやすくなるわけです。

 

 さらに上級者になると、「話したくないこと」に踏み込んでから、再び「表現の難易度が高い」方向に聞き出していくことで、「最も話しにくいこと」にリーチしていけるようになります。こうして、結果的に幅広い情報を聞き出すことができるようになります。

  抽象的な説明が続いたので、ここで具体的な例を挙げましょう。私の講座を受講した、ある企業の管理職の方から伺ったお話です。その方は、「聞き出す力」を部下との面談に活かしているそうです。例えば、成績がガクンと下がってしまった部下と面談する際に、まずは身の回りの出来事をやさしく聞いていってあげるそうです。すると、「上司に怒られるかもしれない」と身構えていた部下は、ホッとしてあれこれ話し始めます。身の周りの出来事を話すのは、それほどストレスレベルは高くありませんが、とはいえキチンと話そうとすると表現が難しいものです。あれこれ話しているうちに、気持ちが落ち着いてきて、自分の置かれた状況が整理されてくるし、上司に対しての信頼感が増していきます。

 

 その管理職の方は、そうしてやさしく話を聞きながら、気になることがあったら今度は踏み込んで聞いていくそうです。ある時、部下が家庭のことを話し始めたので踏み込んで聞いてみたところ、「親の介護負担が大きくなってきて、妻ともいざこざが絶えない」という話が出てきたそうです。これはプライベートな領域なので、できることは限られていますが、少なくとも何らかのケアは必要でしょう。その管理職の方は、「今までの自分だったら、成績が下がった部下には頭ごなしに叱咤激励するだけだった。聞き出す力を身につけたことによって、より適切な措置が取れるようになった」と感想を述べています。

 

 この例からも分かるように、まずは「モヤモヤしていること」をやさしく聞いていってあげることが大切です。テレビなどで、キャスターの人がいきなり核心の部分にズバリと切り込んでいく姿をよく見かけますが、あれはカメラの前のパフォーマンスであって、聞き出すという点では決して得策ではありません。

 

「忙しくて話を聞いている時間がない」というのは間違い

  ここまで読んで、「そうは言うけど、実際の現場は忙しすぎて、そんなに悠長に話を聞いている時間はないよ」と思われる方も多いと思います。たしかに、話をダラダラ聞いていると時間がいくらあっても足りません。しかし、この管理職の方が聞き出すのに使っている時間は10分足らずです。意識して練習を重ねると、5分から10分でかなり詳しい話が聞き出せるようになります。忙しい職場でも、これくらいの時間は確保できるのではないでしょうか。

 

 「部下が上司に対して不満に思うこと」というアンケートを見てみると、いつも「話を聞いてくれない」という回答が上位に入っています。「忙しくて話を聞いている時間がない」という上司は、実際には話の聞き出し方がわからない、あるいは話を聞くことの大切さがわかっていないから、部下の話を聞こうとしないのだと思います。ぜひ、もう少しだけ部下の話を聞いてみてください。それだけで、部下からの評価がずいぶん違ってくるはずです。

 

 会話をしていると、初めのうちは当り障りのない内容だったのが、途中から「実は・・・」という話が出てくることがあります。人は、初めから本音を話すわけではなく、まずは当たり障りのない話から始めます。そこで私は、「話には、イントロとサビがある」と表現しています。残念ながら、多くの人はイントロだけしか聞いていません。「顧客や部下の話のイントロしか聞かないで物事を判断している」と思うと、少し怖くありませんか?次回は、こうした実態が認識できるようなお話をしていきます。

 

 最後に、今回は少し厳しい表現をしてしまいました。多くの管理職の方々は、部下のためを思って日々懸命の努力をしていらっしゃることと思います。どうぞご容赦ください。