これからの時代の「新任管理職の対話術」⑤

相手に振り回されない「聞き方」(column31)

ここまでのお話で、聞くことの大切さはよく理解していただけたと思います。しかし、「相手の言うことを何でもかんでも聞いていると、振り回されてしまって仕事にならない」という事態になりかねません。実は、一般的にイメージされる「傾聴」と、私が提唱している「聞くこと」は少々異なります。今回は、この点をお話ししていきます。

 

コミュニケーションの目的は「合意を形成すること」

ここで、あらためてコミュニケーションについて整理しましょう。コミュニケーションの語源は、ラテン語の「communis(共通の)」「communio(交わり)」「munitare(舗装・通行可能にする=なめらかにする)」からきています。そこで私はコミュニケーションについて、「情報のやり取りと共に、情緒的なやり取りを通して、合意を形成していくこと」と定義しています。

 

コミュニケーションが良好な状態とは、「合意が形成されやすい状態」のことです。実際に、何かをやろうとする時、すんなり合意がとれると「この人とはうまくいっている」と感じます。逆に、なかなか合意がとれないと「あの人とはうまくいかない」と感じますよね。

 

ビジネスは、すべて合意の形成で動いています。マネジメントや営業活動、開発や管理など、すべての業務は、「人と人、企業と企業の間で、何らかの合意が形成される」ことによって進んでいくのです。この合意がスムーズに形成される状態にある時、「ビジネスがうまくいっている」と言えるわけです。

 

それから、対話はコミュニケーション手段の一つであり、「会話によって合意を形成する行為」です。単なる「おしゃべり」とは違うのです。そして、対話力とは「会話によって合意を形成する能力」のことを言います。

 

合意を形成するには、どうすればよいか

 通常、コミュニケーションスキルというと、「伝える力」をイメージしがちです。実際に、多くの企業は社員教育に「伝える力」の研修を取り入れています。しかし残念ながら「伝える力」だけをいくら鍛えても、コミュニケーションは良好になりません。双方が伝えることばかり考えていると「対話」ではなく「言い合い」になってしまいます。これでは、スムーズに合意が形成されるようにはなりませんよね(苦笑)。

 

 次の図にあるように、対話は「サイクル」だと考えてください。このサイクルがグルグル回ると合意が形成されやすくなります。ですから、対話において重要なのは、「図の赤線の部分をつなぐこと」なのです。

 

では、図の赤線の部分をつなぐには、どうすればよいのでしょうか。それが「聞くこと」なのです。この場合の「聞く」は、一般にイメージされる「傾聴」よりも能動的な行為だと考えてください。単にふむふむと聞くだけでなく、「相手の話を聞く⇒それを踏まえて⇒自分の話をする」という一連のプロセスをスムーズにこなす必要があります。実際にやってみるとわかりますが、けっこう頭を使いますし、かなり疲れます。

 

この一連のプロセスをスムーズにこなすには、それなりの習熟が必要です。これを、私はよく「車の運転」にたとえます。初心者のころは、「車の運転って難しいな」と感じたと思います。しかし、しばらくして慣れてくると、車の運転をしながら音楽を聴いたり同乗者とおしゃべりしたりできるようになります。すなわち、習熟することによって「いろいろなことをスムーズに同時並行処理できるようになった」わけです。

 

聞くことも同じで、習熟することによってスムーズにできるようになります。ところが、多くの人は「聞くことなんて簡単じゃないか。誰だってできるさ」と考えて、真剣に取り組んでいません。これまで約7000人に研修してきた私の感覚で言うと、ビジネスパーソンの7~8割の人は聞く力が不十分だと思われます。

 

「相手の話を聞く⇒それを踏まえて⇒自分の話をする」というのが対話の第一歩です。人間には「返報性(お返しをする)」という行動特性があり、相手の話を聞くことによって相手も同じようにしてくれる確率が高くなります。こうしたプロセスによってサイクルが生まれ、そのサイクルをグルグル回すことによって合意を形成していく。これが対話の基本です。

 

良いことに、対話のサイクルをグルグル回すと、どちらか一方がベラベラしゃべり続けることができなくなります。「ベラベラしゃべる・ダラダラ聞く」のは、生産性の高い行為ではありません。最小限の会話で、しっかりと合意を形成する。これを日常的に行えば、業務時間の短縮にもつながります。

 

話を聞いて、その内容をどう踏まえるかはこちら次第

現実的には、対話のサイクルを回すのが難しい場合もあります。たとえば、議論や交渉の時に行うと、相手のペースに巻き込まれてしまいがちになります。そのため、「相手の話をまったく聞かず、自分の要求だけワーワーがなりたてる」人が多いのです。これは、若い人よりもベテランによく見受けられます。

 

しかし、本当に議論や交渉がうまい人は、相手の話をじっくり聞いて、矛盾点や弱みを把握し、それを踏まえて反撃したり妥協点を見つけたりします。話を聞いて、その内容をどう踏まえるかはこちら次第なのです。

 

これを自在に行うには、先述の「同時並行処理」をスムーズにこなせるようになる必要があります。たしかに、決して簡単ではありません。だから習熟が必要なのです。筆者が提唱している「聞く力を強化しよう」というのは、単なる傾聴ではなく、こうしたスキルのことを指しています。

 

最近、不祥事に謝罪会見を開き、問題を大きくしてしまうケースが続いています。あれなども聞く力の欠如から起きています。「質問を受け付けずに、しゃべりたいことだけしゃべる」を繰り返せば、相手は反発するに決まっています。「質問は受ける。話も聞く。だけど、相手のペースに乗らず、必要なことだけ返す」という姿勢を穏やかに維持していると、やがて批判もおさまるはずです。 

 

対立する相手の「主張を聞くな・立場を聞け」

 ここで、大切なことをお話しします。クレームや交渉の時に、「相手の主張を聞かされる」のは得策ではありません。「値下げしろ!」「金を払え!」「弁償しろ・賠償しろ!」という無理な要求をふむふむと聞いていても、実際に飲めないのですから歩み寄ることができません。

 

このような時は、「相手の主張」ではなく、「相手が置かれた状況・立場」を聞くように意識しましょう。たとえば、取引先が急に値引きの要求をしてきたとしましょう。そうした時に、「今日はずいぶん厳しいことをおっしゃいますね。何かあったんですか?」などと問いかけてみます。そうすると、「実は、今期は会社の業績が思わしくなく、主要な材料の仕入れ値を下げるように上司から言われてきた」などと要求の背景を話しやすくなります。

 

こうなれば、しめたものです。そこを詳しく聞いた上で、妥協点や落としどころを提案すればいいのです。たとえば、対象となる商品を値引く代わりに、サービスで利益を確保させてもらうなどですね。交渉とは、「値引け」「いや値引かない」などと言い合うことではありません。相手と自分では立場が違うので、それを活かしてお互いにメリットが得られるように調整することなのです。

 

筆者は若いころ、旅行会社に勤務していました。ある時、ものすごい剣幕でクレームを言ってきた男性がいました。初めのうちは烈火のごとく怒っていたのですが、しばらくすると「なんとかしてくれよ…」と言い出しました。そこで、「と、おっしゃいますと?」と水を向けると、「いや~、ウチのカミサンがさぁ」。

 

実は、奥様が怒っていらして、ご主人を焚きつけていたのですね。そこからは、ご主人と私とで「奥様の怒りをおさめるには、どうしたらよいか」という相談になりました。さっきまで対立していた相手と共同戦線を張っているみたいで、我ながら可笑しかった記憶があります。

 

  

最近は、合併・買収・統合など、企業のドラスティックな再編が多くみられるようになりました。これらは、言わば「組織の外科的手術」。そして、人体と同じくそこで働く人たちにもアレルギーのような拒否反応を起こします。このような時こそコミュニケーションが重要であり、「聞くこと」「対話すること」が有効です。次回は、「突然、まったく異質な人たちと仕事しなければならない時に、どうすればよいのか」について考察します。