「また会いたい」と思わせる心理メカニズム(column37)
社内外に人脈を形成することは、新任管理職の皆さんにとって、とても大切なことだと思います。そこで今回は、人脈形成で重要な「また会いたい」と思わせる心理メカニズムについて考察します。
「広い人脈」より「深い人脈」
出版社に勤務する知人によると、「人脈本」というジャンルがあるそうです。たくさんの人と知り合い、関係を構築するためのノウハウが書かれている。そうした本の著者は、「人脈の達人」と呼ばれ、世界中にネットワークをもち、芸能人や著名経営者と交流するなど、華麗で幅広い人脈を誇っている。そういう話を聞くと、たしかにカッコイイし、なんだか憧れますよね。
しかし、現実的に考えると、華麗で幅広い人脈を作るには、かなりの手間とコストがかかります。ヘッドハンターのような、人脈の広さが仕事に直結するような職業なら別ですが、一般的なビジネスパーソンの場合、「そこまでして人脈を広げる必要はないよ」という人が多いのではないでしょうか。
かく言う筆者も、それほど顔が広いほうではありません。年齢を重ねているため、それなりに知り合いは多いですが、人脈を広げる努力などはしていません。年賀状は最小限しか出さないし、SNSは同窓会の連絡にしか使わないし、会合やパーティも年に数回しか参加しない。「人脈の達人」から言わせると、まったくダメダメな人間です(苦笑)。
ただ、人脈を広げようとは思わないものの、親しい人とより深くつき合おうと意識しています。そうした深いつき合いのおかげで、ビジネスやプライベートでたくさんのメリットを得ています。なにより、人と会うのが楽しくて仕方ありません。そこで、ここでは「広い人脈」ではなく「深い人脈」について考えてみたいと思います。
フェイスブックが普及し始めたころ、「望ましい友達の数は150人程度だ」という考え方が注目されました。諸説ありますが、個人が無理なく「名前+顔+状況」が把握できる人数は、せいぜい150人程度だそうです。そう考えると、数千人、数万人と友達になるには、かなりの努力を要することになります。というか、まあ、ふつうの人には無理ですよね。
「友達の友達は、みな友達だ」というフレーズがあります。自分の友達150人に、さらに150人の友達がいるとすると、「友達の友達」は150×150=2万2500人になります。2万2500人と、直接つながるのは大変です。しかし、友達150人とつながるのは、それほどむずかしくありません。150人と深くつき合って、必要な時に友達を紹介してもらう。そのほうが現実的です。
深くつき合うコツは「定期的に話を聞いてあげること」
では、その150人と深くつき合うには、どうすればよいのでしょうか。それにはやはり、相手の良き理解者・相談相手になることです。むずかしく考えないで、定期的に会って話を聞くようにしましょう。人間は、「自分の話を、繰り返し、親身になって聞いてくれる人」を確実に好きになります。ここでは、そのメカニズムについてご説明しましょう。
①自己認知理論
これは、わかりやすく言うと、「人は、自分の行動を通して、自分の気持ちを理解する」というものです。たとえば、サッカーや野球などで、初めは小競り合いをしていたのが、だんだんヒートアップして大乱闘になったりしますよね。相手に怒りをぶつけているうちに、「ああ、自分は怒っているんだな」と認識して、さらに怒りが増幅していくわけです。すなわち、「怒ると、余計に頭にくる」のですね。
その他にも、「笑うと、余計に可笑しくなる」「泣くと、余計に悲しくなる」などがあります。俗に「拍車がかかる」と言いますが、「行動に表すことによって、情動がエスカレートしていく」わけです。
この現象は、いろいろなところで起こります。皆さんは、「初めは、それほどしゃべるつもりはなかったのに、そのうちに気持ちが盛り上がってきて、いつの間にか本音を打ち明けてしまった」ということはありませんか? これも同じように、「話しているうちに、余計にわかってほしくなる」という現象が起こっているのです。
そして、この「話しているうちに、余計にわかってほしくなる」という現象が繰り返されると、「わかってほしい」というスイッチが入りやすくなります。しまいには、会えるのを心待ちにするようになります。だからこそ、定期的に会って話を聞いてあげることが大切なのです。
②認知的不協和理論
これは、「自分が矛盾を感じるような情報を、無意識のうちに否定したり捻じ曲げて解釈したりする」というものです。この現象は、背伸びして高級品を買った人などによく見られます。
たとえば、頑張ってベンツを買ったとします。ちょっと背伸びして手に入れたベンツは「やっぱりいい車だ」と思いたい。そうすると、無意識のうちにベンツを否定するような情報を聞こうとしなくなります。さらに、他の高級車よりもベンツが優れているところを一生懸命探して、「自分の選択は正しかった」と自らを納得させようとします。余談ですが、こうした心理によって、一般に高価な車ほど購入後の満足度が高くなります。
同じように、自分の良き理解者・相談相手が、悪い人だったり無能な人だったりしたらイヤですよね。やはり、「いい人だ」「優秀な人だ」と思いたい。そうすると、悪い情報には目をつむり、良いところを一生懸命探して、自分を納得させようとするのです。
この認知的不協和は、とても強力な作用があります。一度、自分自身に「この人はいい人だ」「優秀な人だ」と思いこませてしまうと、それを否定するような情報を受け付けなくなります。たとえば、その人に対する悪い話を聞いても、「彼の良さは、パッと見ではわからないよ」「まだ世の中が遅れていて、彼の良さが理解できないんだ」などと曲解してしまいます。
結婚詐欺や高齢者を狙った投資詐欺などは、この心理メカニズムを悪用しています。詐欺師たちは、初めのうちターゲットに定期的に会って親身に話を聞くことに徹します。そうして、「この人はいい人だ」と思い込ませてしまう。その後に、ゆっくりと詐欺行為を働きかけます。こうなると、周囲の人が注意したところで、まったく効果がありません。常識では考えられないような被害額になるのは、それだけ被害者が詐欺師を「いい人だ」と信じ込んでいるからです。中には、犯人が逮捕された後でも、「でも、あの人はいい方でしたよ」などと言うお年寄りもいます。「定期的に会って話を聞く」というのは、それだけ強い効果があるのです。
「何を話そうかな」よりも「何を聞こうかな」
こうしたことから、誰かと会いに行く時には、「何を話すか」よりも「何を聞くか」を意識しましょう。現代は、SNSなどで個人が気軽に情報を発信する時代です。おかげで、昔に比べて事前の準備がしやすくなりました。会う前に、その人のタイムラインを眺めておく。それだけで、「何を聞くか」という材料がたくさん得られるはずです。
ただ、「これについて聞いてみよう」と思っても、会話の中でその話題を取り上げるきっかけをつかむのはむずかしいですよね。そういう時は、「そういえば」というフレーズを使ってみてください。「そういえば、インスタグラムで見たのですが…」と話を振る。この「そういえば」というフレーズは、自分の思う方向に話を転じるのに便利なので、練習して使いこなせるようにしておきましょう。
別れ際には、「また定期的に情報交換させてください」とハッキリ言葉にしてお願いするようにしましょう。相手が年上の方であれば、「今後も定期的にご指導ください」でもいいですね。この申し出を「イヤです」という人はまずいません(笑)。これを「言質」と言います。名前の通り「言葉の人質」ですね。
人間には、「一貫性をもちたい」という欲求があります。「言うことがクルクル変わる人間だ」と思われたくないわけです。言質をとっておいて、次回アポイントをとる際に、「先日のお話通り、また情報交換させていただけませんか?」と言えば、相手はNOと言えなくなります。こうして、定期的に会って話を聞く人を150人ほど作っておきましょう。
筆者の専門はビジネスコミュニケーションの研修開発ですが、「この研修を受講したおかげで結婚できました」という人がたくさんいます。定期的に会って親身に話を聞くという行為は、ビジネスでもプライベートでも活かせる「最強のモテ技」なのです。ぜひ、皆さんもこれを使いこなして、深い人脈を築いてくださいね。
最近は、「人生百年時代」と言われ、定年が延長されたり、年金の受給年齢が引き上げられたりするなど、長く働かざるを得なくなりました。さらに、技術の発達で仕事の内容が急速に変わることも増えてきています。これからは、自分を何度か作り変えなければいけない時代です。次回は、こうした点について考察していきます。