これからの時代の「新任管理職の対話術」⑫

これまでの経験を他の分野で活かすコツ(column38)

「人生百年時代」と言われ、定年が延長されたり、年金の受給年齢が引き上げられたりするなど、これからの時代は以前よりも長期間にわたって働かざるを得なくなります。さらに、グローバル化や技術革新などにより、仕事の内容が変化したり、まったく経験のない職務や地域に異動したりすることもあり得ます。一生の間に何度か、経験のないことに取り組まなくてはならない。今回は、こうした点について考察していきます。

 

経験を他の分野で活かすコツ

はじめに、少々個人的なことをお話しします。筆者は現在53歳。8年ほど前まで今とは異なる事業を営んでいました。45歳の時に、いわゆる「人生の棚卸し」を行い、時代の変化を踏まえて、それまでとまったく異なる分野へ進出することにしたのです。

 

筆者は以前からコミュニケーションに興味をもち、特に「聞くこと」について研究を重ねていました。さらに、その考え方や方法論をまとめて、自社の社員教育に活用していました。そして現在は、その内容を誰でも学べるようにパッケージ化して、日本と中国で販売しています。ですから、元々興味があって個人的に研究していたことを事業化したわけです。

 

もちろん、新しいことを始めれば、わからないこともあります。しかも、45歳を過ぎて未知の分野に飛び込んだので、戸惑うことがたくさんありました。とはいえ、ブランディングや収益構造の作り方など、以前の経験が活かせるところもあります。むしろ、他の業界を経験してきたおかげで、競争が激しい教育・研修業界の中で、自社の特徴をハッキリ打ち出せるようになったと思います。

 

これまでの経験を違ったフィールドで活かそうとする場合、自分が経験してきたことを抽象化することが必要です。そうして得られた概念は、他の分野でも応用がきくのです。

 

たとえば、接客の仕事をしていて、あれこれと試行錯誤をしているうちに、「こうすると、お客様が商品を購入してくれやすい」という共通性を見出します。これは、経験から得られた「具体的なノウハウ」です。そして、そのノウハウを抽象化して、「こうすると、相手がこちらの提案を受け入れやすくなる」という概念にまとめます。こうして得られた概念は、マネジメントで部下を動かす際にも通用します。抽象化することで、接客の経験を他の分野に応用することができるわけです。

 

 

 

先日、営業のトップから管理部門の統括に異動した方とお会いしました。「仕事の内容が変わって大変ですか?」と聞いたところ、「仕事は誰かのためにやるものです。営業はお客様のため。管理部門は社員の皆さんのため。結局同じですよ」と答えていました。これなども、営業で得た経験を抽象化して、管理部門で活かしているひとつの例ですね。

 

抽象と具体を行ったり来たりする

最近は、なんでも具体的であるべきで、抽象的なことはよろしくないとする風潮があります。たとえば、「彼の話は抽象的で役に立たない」などと言う人がいます。たしかに、抽象的な概念はすぐに役立つものではありません。しかし、応用がききます。逆に、具体的なノウハウはすぐに役立ちますが、応用がききません。どちらも一長一短があるのです。

 

抽象的な概念と具体的なノウハウ、どちらも大切です。この両者を活用するには、「ノウハウを抽象化して概念にする」「概念を具体化してノウハウにする」ということがスムーズにできる必要があります。「抽象と具体を行ったり来たりする」という感じですね。そうすることで、新しい分野に移っても、これまでの経験を活かすことができます。

 

では、「抽象⇔具体」をスムーズに行き来できるようになるためには、どうすればよいのでしょうか。ここでは、二つのことをお勧めします。

 

①「近寄って見る。遠くから眺める」の両方を意識する

ものの見え方は、対象物との距離によって変化します。近寄って見ると、具体的なことがよく見える。遠くから眺めると、抽象的なことが把握できる。これは、物理的な距離だけでなく、時間的な距離や、人間関係などの心理的な距離でも同じことが言えます。

 

たとえば、自分の仕事を職場で見ていると、具体的なことばかり目に入ります。これを、少し引いた場所から眺めてみましょう。部署、会社、業界など、大きな枠組みの中で自分の仕事を眺めてみる。そうすると、「位置づけ」が把握できます。さらに、自分の仕事を少し長い目で見てみましょう。1 カ月、1年間、3年間というスパンで眺めてみる。そうすると、「方向性」が把握できると思います。

 

余談ですが、いわゆる「マリッジブルー」は結婚までの距離によって発生します。結婚を決めたばかりの頃は、結婚の意義や喜びなど抽象的なことに目が行きます。しかし、いざ結婚が近づいてくると、式の日取りや誰を招待するか、そしてどこに住んで部屋のレイアウトをどうするかなど、具体的なことに目が向かいます。そうすると、面倒なことばかりでイヤになってくるのですね(笑)。これがマリッジブルーの発生です。もし、今の仕事がイヤになったりしたら、少し遠くから眺めてみるとよいでしょう。

 

②まったく異なる世界の人と定期的に情報交換する

まったく異なる世界の人と定期的に情報交換する。新任管理職の皆さんに、こうした習慣を作ることを強くお勧めします。

 

まったく異なる世界の人が、皆さんの話を聞いて「面白い!」と感じるようにする。そのためには、自分の仕事の具体的なことだけでなく、位置づけや方向性、意義・意味、世界観、時代認識などの抽象的なことも話さなければいけません。まさに「抽象と具体を行ったり来たりしながら話す」ようにすると、異なる世界の人が興味をもって聞いてくれるようになります。

 

逆に、まったく異なる世界の人の話を聞いて「面白い!」と感じるためにも、「抽象←→具体」が必要です。異なる世界の抽象的な話を聞いて、自分の仕事に具体的に活かす。これができるようになると、どんな世界の人と話をしても面白くなります。

 

たしかに、まったく異なる世界の人と情報交換しても、すぐ仕事に役立つわけではありません。しかし、必ず役に立つ時がきます。すなわち、「緊急度は低いが、重要度が高い」わけですね。具体性ばかり求めていると、目先の仕事ばかりに追われて、本当に必要なことに手がつけられなくなります。新任管理職の皆さんは、ぜひ「抽象←→具体」を心がけるようにしてくださいね。

 

「普遍性」が見えてくる

筆者は、研修を開発するにあたって「普遍性」を大切にしています。さまざまな業界、職種、年齢、性別、国籍、文化の人たちと情報交換して、「抽象←→具体」を行ったり来たりしていると、「いつの時代でも、誰にでもあてはまること」が見えてきます。これが「普遍性」です。

 

筆者の研修は、もともと経営者や上級管理職を対象にしたものでした。しかし、普遍性を意識してから、大学生に学ばれたり、果ては海外に呼ばれたりなど、思いもよらない展開が始まっています。正直に言うと、50歳を過ぎてから海外でビジネスをするなんて、ぜんぜん想定していませんでした。

 

普遍性が見えてくると、まったく異なる世界の人と話すのが楽しくなります。さらに、まったく異なる世界で自分の力を試すことも怖くなくなります。グローバル化が進展し、どんなに激しく変化する時代であっても、普遍性は必ず存在します。あわてないで、「抽象←→具体」を行き来していきましょう。

 

この連載は、次回で最終回となります。これまでのご愛読に感謝申し上げます。私が今回の連載で一貫して伝えたかったのは、時代が変わっていることを認識した上で、いたずらに恐れないということです。変わるものもあれば、変わらないものもあります。まだまだ、書き足りないことがたくさんあるので、次回はそれらをコンパクトにまとめながら、あらためて新任管理職の皆さんにエールを送りたいと思います。