column4 話には「イントロ」と「サビ」がある

 私は説明する際に、なるべく「たとえ話」を使うようにしています。そこで今回は、会話を「カラオケ」にたとえて考えてみたいと思います。

 

 以前にもお話しした通り、多くの人は会話の時に「伝えること」ばかり考えていて、「聞くこと」を意識していません。これはカラオケにたとえると、「自分が歌うことばかり考えていて、他の人の歌を聞こうとしていない」ということです。実際に、他の人が歌っている時は、聞くことよりも自分が歌う曲を探すのに一生懸命になっていませんか?カラオケボックスの中を冷静に観察してみると、みんな歌うことばかり考えているのがよく見えて、なかなか面白いものです(笑)。会話の時も、これと同じような状態になっているわけです。

 

 実は、会話ではもっとひどいことが行われています。もしカラオケの時に、他の人が歌おうとしている曲のイントロを聞いて、「ああ、この曲いいよね。私が歌いたい!」とばかりにマイクを奪って歌ってしまったら、奪われた相手はどう思うでしょうか?間違いなく腹を立てることでしょう。でも実際の会話では、こうしたことがよく起きています。かく言う私自身も、危うくマイクを奪いそうになったことがあります。その経験をお話ししましょう。

 

思わずマイクを奪いそうになった経験

  私は現在49歳ですが、これくらいの年齢になると昔が懐かしくなるのか、SNSなどを使って学生時代の旧友と連絡を取り合うことが多くなりました。そうしてある友人と再会した時のことです。彼が「辻口、久しぶりだね。オレさあ、この間、高尾山に登ってきたんだよ」と話し始めました。

 

 突然ですが、皆さんは高尾山が「世界一の山」なのをご存知ですか?私はつい最近まで知らなかったのですが、高尾山は毎年260万人以上が訪れる「年間登山者数が世界一の山」なのだそうです。年間登山者数が世界一ということは、ビジネス的に言うと「世界一集客している」と表現できます。「東京都下にある599mしかない小さな山が、世界一集客している」というのは、とても興味深くありませんか?何となく、高尾山が我々中小企業を応援してくれているように感じられて、私はすっかり嬉しくなりました。

 

 私はこの話を聞いてから、「いいことを知ったぞ。どこかでこの知識を披露したいなあ」とウズウズしていました。だから、友人が「高尾山に登った」という話を聞いて、すぐに「知ってるかい?高尾山って世界一の山なんだよ」とうんちくを語りたくなりました。

 

 でも、その時に少しだけ我慢しました。何故なら、その友人が高尾山に登ったというのが少し意外だったからです。彼は、「元祖オタク」という感じのタイプで、学生時代は文化部に所属。私が知る限り完全なインドア派でした。その彼が山に登ったことに違和感を覚えて、「へーえ?山登りなんかするんだ。意外だね」と少し話を聞いてみることにしました。

 

マイクを奪わなかったからこそ聞けた「衝撃の事実」

 すると、驚くような事実が彼の口から出てきました。「いやー、実はオレさあ、『山ガール』とつき合い始めたんだよ」というではありませんか!ちなみに、その友人は独身です。私の同級生ですから49歳ですが、これまで結婚歴はありません。それどころか、今までに浮いた話を聞いたことがありません。その彼が、こともあろうに若い山ガールとつき合い始めたというのです。その後、彼は嬉しそうに彼女のことを話し始めました。

 

 ここまで読んでお分かりのように、彼が本当に話したかったのは「高尾山に登ったこと」ではありません。「山ガールとつき合い始めたこと」を話したかったのです。言うなれば、「オレにも春がきた!」という曲を歌いたかったわけですね(笑)。高尾山に登ったことは、彼が歌おうとした曲の「イントロ」だったわけです。

 

 もし私が、高尾山に登ったというイントロを聞いて、「知ってるかい?高尾山って世界一の山なんだよ」とうんちくを語り始めてしまったら、どうなっていたでしょうか?おそらく、彼の「オレにも春がきた!」という話は聞けなかったでしょう。これが、「イントロを聞いて、マイクを奪って歌ってしまう」ということです。

 

 

上司は部下のマイクをよく奪っている

  この、会話の時にマイクを奪って歌ってしまう行為は、立場の強い人が弱い人に対してよく行っています。上司が部下と会話している時に、「そういえば、あの件だけど」と急に話を変えてしまうことがありませんか?これは、部下の話を聞いていて思い出したことを勝手に話しているわけです。こうした聞き方を日常的にしている上司は、部下が本当に話したいことを聞き逃している可能性があります。

 

 このようなお話をすると、「むしろ、部下のほうこそ回りくどい表現をやめるべきではないか」という意見が出てきます。上司は多忙なのだから、部下はアンサーファーストで話すべきだという考え方です。たしかに、部下としては「報・連・相」のうち報告・連絡についてはアンサーファーストを徹底するべきだと思います。しかし、相談をアンサーファーストで行うのは難しいでしょう。相談は、結論が出ずにモヤモヤしていることを話すのですから。

 

 また、アンサーファーストを無理に徹底させようとすると、ポジティブな情報しか入ってこなくなるリスクがあります。部下としては、ネガティブな情報を上司にいきなり切り出すのはためらわれるものです。そういう時の部下は、イントロをダラダラと流してサビをなかなか歌おうとしない傾向があります。上司としては、部下にアンサーファーストを求めると同時に、部下が話しにくいネガティブな情報に関しては、やさしく聞き出してあげるように努力する必要があります。

 

顧客の話にもイントロとサビがある

 部下の話と同じく、顧客の話にもイントロとサビがあります。先日も、あるIT企業のセールスパーソンが、「顧客が、『セキュリティに興味がある』というので社内の専門家を何人も連れていったのに、実は全然違う話だった」という失敗談を述べていました。これなども、顧客の話のイントロだけを聞いて判断しているから起きた失敗です。彼は笑い話にしていましたが、そのためにかかった時間や人件費を考えると相当なロスのはずです。

 

 顧客には、「セールスパーソンにヘタに相談して、欲しくないものを無理に売り込まれたらイヤだなあ…」という不安があります。そのため、困っていることや興味のあることをいきなり全部話そうとせず、予防線を張りながら少しずつ話していく傾向があります。だからこそ、顧客の話を聞く時にはイントロだけを聞いて軽々しく判断せず、サビの部分を聞き出そうとする努力が必要だと言えます。

 

大切なのは「意識」と「技術」

 話にはイントロとサビがある。このことをわきまえて、サビの部分までしっかり聞き出そうとする。話を聞く時には、こうした「意識」が大切です。しかし、このように意識しても、相手がスムーズにサビまで話してくれないと、余計な時間がかかってしまいます。特にビジネスにおいては、いつも悠長に構えていられるわけではないので、サビをスムーズに聞き出す「技術」が必要となります。私が研修で教えている「聞き出す力」は、このサビの部分をスムーズに聞き出す技術を体系化したものです。

 

 「聞き出す力」というと、「ああ傾聴ね」とか「質問すればいいんでしょ」と安易に解釈する人がいます。たしかに、傾聴や質問はとても大切ですが、それだけではこちらの聞きたいことを聞き出すことはできません。質問と傾聴のバランス、目的意識、共感力、ロジカルシンキング、また記憶の仕組みに関する知識など、「聞き出す力」は総合的なものです。次回は、その全体像がわかるようなお話をしていきたいと思います。