column6 人は誰でも「話したい欲求」を持っている

 これまでの5回にわたるお話から、「聞き出す力は、無理に口を割らせるような技術ではない」ということをご理解いただけたかと思います。今回は、「誰にでも『話したい欲求』があり、それを上手にくすぐってあげることが大切だ」というお話をしたいと思います。

 

 ではここで、皆さんに質問があります。

●「本当のことを知ってほしい」「わかってもらいたい」

●「なるべく、ウソはつきたくない」「正直に話したい」

●「自分だけが知っていることを、『実はね…』と打ち明けたい」

このような欲求が、ご自身の中にありませんか?

 

 いきなりこう聞かれると戸惑われるかもしれませんが、「まったくそんなことは思わない」という人は稀だと思います。これらはすべて「話したい欲求」です。どんなに無愛想で無口な人でも、こうした欲求が少なからずあるものです。

 

 マンガ「ムーミン」に「リトルミイ」という女の子が出てきますが、そのリトルミイの名言に「結局、秘密というものは、たいてい自分からしゃべっちゃうものなのよ」というものがあります。これなども、「人には話したい欲求がある」ということを端的に表現しているように思います。(ただし、「リトルミイの名言」は出典に疑問があります)

 

多くのジャーナリストが、取材対象者から好かれているのはなぜか

  一般に、聞き出すプロであるジャーナリストたちは、取材対象者から好かれているものです。これは、無理に聞き出そうとせず、話したい欲求を上手にくすぐって話を聞き出しているからです。以前、ある高名なスポーツジャーナリストの方に話を伺ったことがあるのですが、世間一般では無口で気難しいと思われているスポーツ選手でも、ひとたび話し出すと溢れるようにしゃべり始めることがよくあるのだそうです。

 

 「話したい欲求」というのは、裏返すと「誰かに聞いて欲しい欲求」です。人は無意識のうちに「自分の話を聞いてくれる相手」を求めているのです。こうした欲求は、どちらかというと女性のほうが強いと言われていますが、男性にも存在します。仕事の後に同僚と連れ立ってお酒を飲みに行くのは、こうした欲求の表れです。また、おじさん達がわざわざ高いお金を払って夜の銀座に足を向けるのは、やはり自分の話を聞いてもらいたいからです。

 

 何度も繰り返しますが、聞き出すことは決して無理強いをする行為ではありません。相手には「話したい欲求」があるのですから、それをしっかりと受け止めてあげればよいわけです。遠慮する必要はまったくありません。なまじ遠慮をしてしまうと、相手にもそれが伝わってギクシャクしてしまいます。「相手のことをよくわかってあげよう」という誠実な気持ちを持って、臆せずに自信たっぷりに堂々と話を聞いていきましょう。そうするだけで、普段だったら聞けないような話がどんどん出てくるようになります。

 

聞き出すと、相手は好きになってくれる

 面白いことに、「人は深い話を聞き出されると、聞き出してくれた相手を好きになってしまう」という傾向があります。それは、単に「自分の話を聞いてくれたから」という理由だけではありません。なんと、「この人にこれほど深い話をするということは、自分はこの人のことを好きに違いない」とカン違いしてしまう傾向があるのです。

 

 心理学に自己認知理論と呼ばれるものがあります。これは「人は、自分の実際の行動を手掛かりにして、自分の気持ちを理解する傾向がある」という考え方です。たとえば、「頭にきたから手を上げる」という行動をとると、「手を上げたので余計に頭にくる」という現象が起こります。これは、「手を上げた」という自分の行動を手掛かりにして、改めて「ああ、自分は怒っているんだな」と自分の気持ちを理解して、余計に頭にくるわけです。同じように、「悲しいから泣く」という行動をとると、「泣くと余計に悲しくなる」という現象が起こります。

 

 もう一つ、有名な認知的不協和理論と呼ばれるものがあります。こちらは、「人は、心の中に生じた矛盾を解消しようとするために、自分の認識を変えてしまうことがある」という考え方です。たとえば、「深い話を打ち明ける」というのは、通常は関係が良好な人に対して行う行為です。初対面の人などに深い話をしてしまった場合、「関係が構築されていない相手に対して、自分は深い話をしてしまっている」という矛盾が心の中に生じます。そうすると、「この人とは、きっと特別なご縁があるに違いない」などと考えてしまうのです。

 

 初対面の人と意気投合した時に、「いやー、こんなに盛り上がるなんて、何かのご縁があるのかもしれませんねえ!」なんて会話をしませんか?こうした会話の裏側には、「相手を特別視することによって、通常なら行わない行動をとった自分を正当化している」という側面があるわけです。

 

 余談ですが、このコラムを読んでいる人には、未婚の方も多いかと思います。たとえば合コンなどで、気になる人が見つかったら、自分のことをペラペラしゃべるよりも、相手の話をどんどん聞き出してあげたほうが得策です。機会があったら、ぜひ試してみてください。(ただし、あくまでもエチケットを守って。失礼のないように…)

 

なぜ、話そうとしないのか?

  では、なぜ人は「話したい欲求」があるのに話そうとしないのでしょうか?それは、ひとえに「防衛本能」があるからです。防衛本能とは、傷つきたくない、嫌われたくない、いやな気分になりたくない、危険に遭いたくない、売り込まれたくない、面倒に巻き込まれたくない、などといった心理です。

 

 この防衛本能があるため、人は日常的に小さなウソをついています。買い物に出掛けた際に、店員さんから「何かお探しですか?」と聞かれると、「いいえ、見ているだけです」とウソをついてしまうことはありませんか?本当は買うつもりでお店に入ってきたのに(笑)。これも、何となく店員さんに売りつけられそうな感じがして、防衛本能が働いてしまったのですね。

 

 似たようなことが、顧客とセールスパーソンとの間でも行われています。顧客には、セールスパーソンに対して、「自社のことをよく理解して、的確な商品を提案してほしい」という期待と、「迂闊なことを話して、ヘンな商品を売りつけられたくない」という不安の両方があります。だからセールスパーソンと親しそうに接しながらも、自社の内情について話すのはためらってしまうのです。

 

 人の気持ちは、「わかってほしい」「でも、傷つきたくない」という狭間で揺れ動いています。話を聞き出すには、こうした気持ちの揺れ動きがあることをよくわきまえて、相手の話したい欲求をくすぐることと、防衛本能に配慮してあげることが大切です。

 

 防衛本能に配慮するといっても、特別なことは何もありません。きちんとエチケットを守る。柔らかい雰囲気で接する。見え透いたウソをつかないなど、当たり前のことです。実は、ほとんどの人は「自分に他意はないのだから、相手は防衛本能など感じていないだろう」と安易に考えてしまっています。実際は、相手は強く防衛本能を感じているのに!

 

 このように考えていくと、「最高の『聞き出す力』は、何もしなくても相手から喜んで打ち明けてくれること」だと言えます。

 

 とはいえ、現実的には、こちらのほうから相手に働きかけないと、話を聞き出すのは難しいものです。そこで、質問を投げかけるわけですが、質問には「答えやすい質問」と「答えにくい質問」があります。次回は、その違いについてご説明します。