あなたに必要なのは「話す力?」or「話し合う力?」⑥

部下を 竹槍で戦わせていませんか?(1)(column45)

「OJT(On The Job Training)が機能しない時代になった」と言われて久しいです。今回のコラムでは、なぜOJTが機能しないのか書いてみました。その上で、ビジネススキルに関する教育の問題点について考察します。OJTが機能せず、教育にも問題がある。私には、そうした状態の中で仕事をしている若いビジネスパーソンが、じゅうぶんな武器を持たずに、まるで竹槍で戦っているように見えてしまいます。

 

大手コンビニの店舗指導員のお話

先日、ある大手コンビニエンスストアの本部にお勤めの方とお会いしました。

 

まだ若い方なのですが、フランチャイジーである各店舗を指導して回る仕事をしている。いわゆる「店舗指導員」というお仕事ですね。

 

話を聞いてみると、なかなか大変みたいです。フランチャイジーのオーナーは年上ばかりで、いくら「本部の指導である」とはいえ、そう簡単にうんと言ってくれるわけではありません。とくに、利害が対立するような場合には、かなり苦労するそうです。

 

それから、コンビニは24時間営業なので、オーナーがゆっくり話を聞いてくれるとなると、どうしても深夜や早朝になりがちです。時間もかなり不規則になりますよね。

 

全国展開しているそのコンビニ本部は、こうした店舗指導員を大量に抱えています。指導を徹底させるために、全国から毎月のように店舗指導員を呼び寄せて、社長訓示、指導方針の共有、そして社歌・社訓の唱和を行っているとのこと。

 

さすがに今はコロナウイルスのせいで、こうした集まりが開催できなくなったので、本部側も困っているようです。

 

このような徹底策によって、本部の指導を全国に行き渡らせる。その裏には、若い店舗指導員たちの涙ぐましい努力があります。

 

本部の方針が書かれた資料を持って、担当先のオーナーに会いにいく。でも、なかなかうまく説得できない。次の店にいく。またうまくいかない。そして次の店にいく…。何度かやっているうちに慣れてきて、説明すること自体は上手になるけど、それでもうまくいかない。

 

食事は、当然ながら担当先のコンビニで買って食べます。店舗回りに使う小型車の中で、ウツウツとしながらお弁当を食べている…。

 

こういう時、外の世界を知らない若い人は、「オーナーが説得できないのは、自分の頑張りが足りないからだ」と感じてしまう。たしかに、本人の努力不足もあるかもしれません。でも、正直言って私はそのコンビニ本部はよろしくないと思います。もう少し、若い人たちに「武器」を持たせてあげればいいのに…。

 

これって、若い社員たちを「竹槍」で戦わせているようなものです。本部に呼び寄せて気合を入れ、資料を持たせて前線に送り出す。社員たちは、本部の指導が書かれた資料を竹槍のようにオーナーに突きつけて頑張るわけです。

 

わかりやすいのでコンビニの例を出しましたが、現在の日本企業の多くがこういうことをやっています。たとえば、銀行などもそうです。新入社員が入社して、ひと通りの知識を教えたら、資料を渡して「お客さん回ってこい!」と尻を叩く。

 

「OJT」が機能しない時代になって久しい

ベテランの人たちは、「自分もそうだったが、水に飛び込んでバチャバチャやっていれば、自然と泳ぎ方をおぼえるもの。仕事も同じで、実践あるのみですよ。OJTですね」と言います。

 

しかし、OJTが機能するには、「同じ空間にいる時間が長いこと」が欠かせません。そして、周囲の人たちがどのように仕事をしているのか見える必要があります。

 

現代は、パソコン・スマホ・タブレットの時代なので、先輩たちがどのように動いているのか皆目わかりません。これからはリモートワークの時代ですから、より一層見えなくなります。

 

30年ほど前、私は旅行会社に勤務していましたが、その頃は携帯電話もパソコンもネットもなく、固定電話・ワープロ・FAX・コピーの時代でした。先輩たちが、取引先や他部署とどういうやり取りをしているのか、手に取るようにわかりました。ワープロも共有なので、提案書なども見放題。FAXやコピーしているところを覗き込めば、内容がまる見えです。教育など受けなくても、身の回りにお手本がたくさんあったわけです。

 

さらに、当時の上司たちは余裕があり、こちらがトラブルを抱えて困った顔をしていると、「どうした?」と声をかけてくれる。クレームで腐っていると、先輩が「飲みにいこうか?」と誘ってくれる。自然とメンタルケアがなされていたのですね。だからこそ、OJTが成り立ったわけです。

 

例えて言うと、昔は大きなプールに飛び込まされたわけです。隣のコースでは、同期が溺れそうになりながら必死に泳いでいる。少し先には、先輩が上手に泳いでいる。さらに視線を上げると、カッコよくスイスイ泳いでいる人や、どう見ても「あれじゃダメだな…」という人もいる。プールサイドでは、上司がメガホンを持ちながら、「いいぞ!」とか「もうちょいだ!」と言ってくれる。こういう環境だから、「水に飛び込んでバチャバチャやっていれば、自然と泳げるようになった」のですね。

 

しかし、今は違う。細長いプールに自分一人だけ飛び込む。隣には、隣の人だけの細長いプールがあって、泳いでいるのはわかるけど姿は見えない。上司はプールサイドにおらず、自分自身も自分のプールで泳いでいる。これでは、なかなか泳げるようにならないし、気持ちが折れていまう。「早くプールから出てしまいたい!」と思いますよね。 

たしかに教育の機会は増えたが…

こうした状況を踏まえて、20年ほど前から教育の必要性が認識され始めました。しかし、ここでも問題が発生しています。

 

ビジネススキルには、①テクニカルスキル(業務遂行能力) ②ヒューマンスキル(対人関係能力) ③コンセプチュアルスキル(概念化能力) の3つがあると言われています。この中で、①テクニカルスキルだけは 測りやすいし、点数化しやすいんですね。効果が見えやすい。だから、教育予算が取られやすく、実施されやすい。しかし、②ヒューマンスキル ③コンセプチュアルスキル は即効性がなく、効果も測りにくいので、どうしても予算が取られにくい。後回しになりがちです。

 

現在、教育の「eラーニングへの移行」が急速に進んでいます。でも、eラーニングに移行しやすいのは、やっぱりテクニカルスキルなんですね。コロナウイルスによって、「教育のテクニカルスキル偏重」にさらに拍車がかかることでしょう。

 

それと、これは日本において顕著なのですが、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルを「個人の人柄」と混同してしまう傾向があります。この連載の第二回で「対話力のない医師」の話をしましたね。「あの先生は人柄が悪い」と言われている医師の多くが、実は人柄ではなく、対話力がないことに問題がある。

 

一般企業でも、これと同様なことが起きています。「部下がついてこないのは、マネージャーの人柄が悪いからだ」となってしまう。人柄ではなく、ヒューマンスキルとコンセプチュアルスキルが足りないのです。「人柄は悪いけど、部下がついてくるマネージャー」って、実際にたくさんいますよね。

 

「マネジメントに人柄は必要ない」とは言いませんが、それよりもヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルのほうが大切です。それなのに、これらの教育を受けないままマネジメントを任されてしまう。準備不足が明白です。だから、昇格した本人も苦しむし、若い人たちはその姿を見て「自分はマネージャーになりたくない」と思ってしまう。

  

教育を提供する側も頑張らないといけない

ここまで、企業を非難するかたちになってしまいました。実際には、我々のような教育を提供する側にも問題があります。優良な教育が、まだまだ少ない。だから、「研修なんて、やったって効果ないよ」と言い放つ人がたくさんいる。こういう人って、おいしい料理を食べたことがないのと同じで、優良な教育に出会ったことがないのですね。

 

おかげさまで、「対話力強化講座を受講して、人生が変わった」と言ってくださる方がたくさんいます。こういう人を、もっと増やさないといけない。「子供の教育と同じく、ビジネススキルの教育にも、人生を変えるくらいのすごい力があるんだ」ということを、もっと常識にさせないといけない。教育を提供する私たちも、頑張らなくてはいけません。

 

話が長くなってしまいました。申しわけありません。次回は、前出の店舗指導員の方が、対話力をどのように活用したらよいのかを考察します。