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「多様性の大切さ」について考える②

多様性について語る時に、どうしても出てくるのが、「多様性の確保と優秀な人材の確保は相容れない」という意見です。今回のコラムでは、この問題について考えます。まず、「多様性についての誤解」を明らかにし、さらに「多様な人材を採用するために必要なこと」について触れてみたいと思います。

 

多様性の確保は「道義的な問題」ではない

ここで、改めて「多様性の大切さ」について確認をしておきます。多様性がなぜ大切かというと、多様な視点で物事を見ることができるからです。それによって、視点の偏りや盲点を埋め合わせて、組織の問題解決力を高めることができます。

 

多様性の確保というと、どうしても差別の解消などの道義的な問題として捉えられる傾向があります。「女性管理職をもっと登用するべきだ」とか「マイノリティの人たちに機会を与えるべきだ」など、いわゆる「べき論」として語られることが多いんですね。このように、道義的な問題として捉えてしまうと、「多様性の確保と優秀な人材の確保は相容れない」という意見がまかり通ってしまうわけです。そうではなく、多様性の確保は、実際にメリットが得られるということを、まずご認識いただきたいと思います。

 

前回のコラムでCIAの事例を挙げましたが、別の例も見てみましょう。霊長類学の世界は、ジェーン・グドールが登場するまで男性が支配していました。ジャングルの奥深くで長期間にわたって調査を続ける。こうした仕事は男性しかできないと、長らく思い込まれていました。


女性科学者には、男性科学者が見えなかったものが見えた

それまでの霊長類学は、オスの勢力争いばかり注目していました。男性科学者たちは、「オスの序列が群れの構成を決めており、メスは受け身の立場で、強いオスがメスを選ぶ権利を持っている」という見方にとらわれていました。

 

しかし、この見方は間違っていました。それを明確にしたのが、ジェーン・グドールをはじめとした女性科学者たちです。彼女たちは、実感として「そんなわけがない」と思っていたのでしょう。霊長類のメスは、男性科学者たちが考えていたよりもはるかに能動的で、自分の意思を持っており、複数のオスを選ぶことさえありました。女性科学者には、男性科学者が見えなかったものが見えたわけです。

 

グドールは、チンパンジーが道具を使うことも発見しています。彼女が「デイビット老人」と名付けたそのチンパンジーは、小枝の葉をむしり取ってからアリ塚の穴に差し込み,シロアリを釣り上げていました。それまでは、道具を使用するのは人類だけだと思われていました。「道具の使用こそが、人間と他の動物とを区別する境界線である」と定義されていたのです。ですから、男性科学者たちは、思い込みが強くなってしまい、そうした光景を見ても「チンパンジーが道具を使っている」と認識できなかったのです。

 

さらに、グドールはチンパンジーが雑食である(肉を食べる)ことも発見しています。それまでは、昆虫などを時折食べることはあっても、葉っぱや果実を主食とする草食動物だと考えられていました。

 

ちなみに、霊長類学には、女性科学者だけでなく、日本人科学者も大きく貢献しています。個に注目する欧米人に比べて、日本人は組織に注目する傾向があります。そして、日本人科学者たちは、オスの序列は群れの構成を決める一つの要素でしかないこと、メスにも序列があること、さらに群れの中心はオスではなく、メスの血縁者で成り立っていることを解明しました。

 

改めて言いますが、多様な視点で物事を見ることは、ほんとうに大切なのです。

 

多様な人材を採用するのに必要なこと

しかし、多様性の大切さがわかったとしても、多様な人材を確保するのは容易ではありません。組織というものは、どうしても「同じような人を採用してしまう」傾向があるのですね。

 

まず、「能力」というものについて、改めて考えてみましょう。たとえば徒競走のように尺度が明確な競技であれば、選手を選抜するには「足が速い」という一つの能力の物差しで測れます。しかし、現実のビジネスは、もっと複雑なものです。ということは、採用活動においては、たくさんの能力の物差しが必要になるはずです。しかし、複数の物差しを用意して、採用活動を行っている組織は極めて少数です。

 

以前のCIAも、やはり一つの能力の物差しで採用を行っていました。主な試験は2つで、一つはSAT(大学進学適性試験)形式で知性を問うもの。もう一つが志願者の背景調査でした。すなわち、能力を測る物差しは前者の一つだけだったわけです。

 

テロ組織は世界中に散在しています。また、テロ行為も様々な方法があります。それから考えれば、CIAでは実に様々な能力が必要とされるはずです。それなのに、採用の時に能力を測る物差しは、たった一つだったわけです。

 

次に、志願者の背景調査ですが、ここにも問題がありました。人は自分と似た人を好む傾向があります。CIAが「白人、男性、アングロサクソン系、プロテスタント」で占められていったのは、面接官がそういう人たちばかりだったからです。さらに、彼らには「自分たちこそが国家を守る者である」という強い使命感がありました。そうすると、「自分たちに近い人=同類の人」を選ぶ傾向がより強くなります。そうして、「米よりも白い」と言われるほど、CIAは白人ばかりの組織になっていきました。

 

私たちは、当時のCIAを笑うことはできません。採用活動において、「①一つの能力の物差ししか用意していない」「②少数の面接官が会った印象で採用を決めている」という企業は多いのではないでしょうか。そうしていると、どうしても「同じような人を採用してしまう」ようになってしまいます。

 

本人が気づいていない「無意識の思い込み・バイアス」がある

さらに、本人が気づいていない「無意識の思い込み・バイアス」も存在します。わかりやすい例として、1970年代までのオーケストラを取り上げてみましょう。この時代まで、オーケストラの団員はほとんど男性でした。なぜなら、入団審査をする人たちが、「女性よりも、男性の方が優秀である」と無意識のうちに思い込んでいたからです。それでいながら、「我々は性差別などせず、純粋な実力主義で採用している」と主張していました。

 

そこで、ある実験が行われました。演奏者が見えないようにカーテンで仕切ってオーディションを実施したのです。そうすれば、審査員には音だけが聞こえて、演奏者の性別はわかりません。実際にやってみると、女性演奏者の一次審査通過率は50%増加し、最終審査通過率はなんと4倍にも達しました。

 

これは、ハーバード大学のクラウディア・ゴルディンと、プリンストン大学のセシリア・ラウズという、二人の労働経済学者が考え出した方法です。この実験以降、オーケストラにおける女性演奏家の割合は増加の一途を辿っています。

 

確認しておきたいのは、カーテンが導入されるまで、審査員たちに自覚がなかったことです。自分たちが固定観念を持っていたことに、まったく気づいていませんでした。こうした無意識の思い込み・バイアスは、候補者の実力差がハッキリしている場合には現れません。明らかに劣っているほうを選べば、審査員も自分の判断が公平でないことくらい自覚できるものです。しかし、候補者の実力が拮抗している場合には、そこに影響を与えてしまう。そして、フタを開けてみると「同じような人たちばかり採用している」という結果になってしまうわけです。

 

今回は、多様性を確保するために、採用面で気をつけるポイントを考えました。しかし、残念ながら、多様な人材を集めたからと言って、必ずしもメリットが得られるわけではありません。次回は、多様な人材を集めた組織が、その多様性を活かすためのポイントについて考えてみたいと思います。

 

参考文献

「多様性の科学~画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織」マシュー・サイド

p19~p40、p95~p99、p330~335