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「ビジネスコミュニケーション」について考える

 「カウンセリングやコーチングを学んだけど、どうもしっくりこない」という方をよく見かけます。「傾聴しましょう」「オープンクエスチョンを使いましょう」などと言われたけど、現実の場面でうまく使えない。かえって、それらに捉われてしまうと、コミュニケーションがおかしなことになってしまう・・・。こんなふうに悩んでいる人が多いように感じます。そこで今回は、そうした方々が、スッキリするようなお話をしたいと思います。

 

「理論的CS」と「ビジネスCS」

私は、「ビジネスコミュニケーション」を専門にしています。なぜ、「ビジネス」とつけているのかと言うと、「現実のビジネスで役に立つコミュニケーションスキル」を標榜しているからです。

 

商談や打ち合わせなど、ビジネスで対話する目的は、「テーマについて話し合って、合意を形成したり、課題を解決したりするため」です。ビジネスですから、時間を有効に使わなければいけません。そこで、効率的に対話を進めるノウハウを体系化して、対話力強化講座としてお教えしています。

 

ここでは対比しながら理解を進めたいので、便宜上、「理論的なコミュニケーションスキル(理論的CS)」と「ビジネスコミュニケーションスキル(ビジネスCS)」とに分けて考えたいと思います。

 

問題点を2つ挙げます

①理論的CSを教えている先生には、ビジネスに不案内な人が多い

②理論的CSの多くが、アメリカ発祥の技術体系である

 

これらの理由により、「傾聴しましょう」「オープンクエスチョンを使いましょう」ということが、必要以上に強く言われ過ぎていると思っています。

 

「傾聴」について

理論的CSでは、「傾聴すること」を強く勧めます。これには理由があります。コミュニケーションの「一丁目一番地」は「自分と相手は、わかり合えていない」ということをキチンと認識することなのです。

 

これは、私が教えているビジネスCSでも同じです。コミュニケーションがうまくいかない原因は、その多くが「わかり合えていないのに、わかったつもりになっている」ことによるものです。ですから、対話力強化講座でも、「自分と相手では、違う風景を見ているんですよ」と繰り返しお話ししています。

 

ただ、理論的CSとビジネスCSでは、その先が異なります。 

 

 

理論的CSでは、よく「汲み尽くせない他者」などと表現します。いくら傾聴しても、相手のことを理解するのは難しい。だからこそ、しっかりと傾聴しなければならないということです。

 

しかし、現実のビジネスの場面で、そんなことはできませんよね。たとえば、新規の取引先があったとします。当然ながら、お互いにわかり合えていません。ビジネスでは、こうした時に、まずは必要な範囲での確認を行い、小さく取引を始めます。そうして、小さな取引を繰り返して信用を積み重ねて、徐々に取引を大きくしていきます。

 

それを、「私たちは、わかり合えていない」とひたすら傾聴していたら、ビジネスになりませんよね(苦笑)。

 

対話力強化講座でも、相手を理解することが重要だとお話ししています。それはなぜかと言うと、相手のことを理解したほうが、ビジネスが進みやすくなるからです。相手を理解して、しっかりと「マト」を把握した上で、こちらの主張をしたほうが、圧倒的に通りやすくなります。

相手のことを理解した上で自分の主張を述べたほうが、圧倒的に通りやすい。

 

先日、ある人から「辻口さん、コミュニケーションの先生なのに、私の言うことを傾聴してくれないじゃん」とからかわれました。その人とはプライベートのつき合いで、ビジネスはまったくしていません。なので、「なんで、私があなたの言うことを傾聴しなければいけないの?」と問うと、相手は絶句していました。

 

ここがポイントです。理論的CSでは、ひたすら傾聴することを勧めます。その際に、「耳で聞くではなく、全身全霊で相手に注意を向けて聴くのだ」などと言ったりします。しかし、そうやって話を聴こうとすると、多くの場合、相手は図に乗ります。そして、「あなたは、わかってくれない!」「もっと聴いてほしい、わかってほしい!」と言い出します。これって際限がないんですよね。

 

カウンセラーや精神科医など、傾聴を職業としている方々は、こうしたクレームをクライアント・患者さんから受けることが多いそうです。

 

傾聴するというのは、たいへん負荷がかかります。「カウンセラーには、カウンセラーが必要だ」と言われるほど、精神的にタフな行為です。それを、安易に一般の人たちに勧めるのは、私は反対です。中には、傾聴をまるで宗教のように強要している理論的CSの先生もいますが、害のほうが大きいと私は思っています。

 

それから、「話を聞く」と「言うことを聞く」は違います。この両者を混同してしまう人が多いんですよね。これは日本人に特有かと思っていたのですが、中国で教えてみると、中国人も同じでした。「なまじ話を聞くと、相手に振り回されてしまう。だから聞かないようにしている」という人は、日本でも中国でも多く見られます。

 

ですから、相手を理解するには、「ひたすら傾聴する」のではなく、「話の流れをコントロールしながら聞く」ようにします。私が対話力強化講座の中で「話の腰を折るテクニック」などを教えているのは、そのためです。相手がテーマと関係ない話を始めたら、「あ、今話したいのは、そういうことじゃなくて…」と介入していいのです。この点は、理論的CSとビジネスCSでは、まったく正反対です。「相容れない」と言ってもいいでしょう。

 

もし、あなたが「自分は傾聴することに捉われているかもしれない」と感じたら、いったん傾聴を忘れてください。ただ、ビジネスは相手を理解したほうがスムーズに進みます。そのためには、やはり相手の話をよく聞くことが必要です。盲目的に「傾聴しなければ!」と考えるのではなく、「相手をよく理解したほうが、ビジネスがスムーズに進むから話を聞くのだ」と捉え直してください。そして、無理のない範囲で、相手の話を聞くようにしましょう。決して、うまく傾聴できない自分を責めないでください。

 

「オープンクエスチョン」について

オープンクエスチョンとは、「どう思う?」など制限を設けない問い方のことです。一方、クローズドクエスチョンというものがあります。これは、「好き? 嫌い?」など答えに制限がある問い方です。

 

理論的CSでは、オープンクエスチョンが推奨されます。これは、理論的CSの多くがアメリカ発祥の技術体系だからです。

 

アメリカの知識層は、幼少の頃から「キミはどう思う? と意見を聞かれて、何も答えなければ、存在しないも同じだ」といった教育をされます。「意見がない」というのは、恥ずべきことなのです。だから、彼らに「どう思う?」と問いかけると、何らかの発言をしようとします。それこそ、中身がなくてスカスカの意見であっても、とにかく頑張って発言します(笑)。

 

一方、日本人に「どう思う?」と聞いたら、どうでしょうか。多くの場合、「えっ、どう思う?って言われても…」という戸惑いが返ってきます。日本人には、オープンクエスチョンは向かないのです。

 

それよりも、まずはクローズドで答えやすい質問を、ポツリポツリと投げかけていきます。そうすると、相手の頭の中に考える材料が並んできます。さらに、いくつか答えているうちに、口がなめらかになってきます。こういう状態になってから、「そうすると、キミはどう思う?」とオープンクエスチョンを投げかけると、どんどん意見を言ってくれます。

 

まあ、日本人は面倒くさいですね。日本人は、「意見がない」わけではないのです。「ヘタなことを言って、痛い目に遭いたくない」という防衛本能が強いのです。

 

また逆に、日本人にもおしゃべりな人がいます。特に我々オジサンに多いのですが、「一聞かれたら十しゃべる」人がいます。こういう人にオープンクエスチョンをすると、たいへんなことになります。ですから、オープンクエスチョンとクローズドクエスチョンは、時と場合、そして相手に応じて、使い分けるのが正解です。

 

繰り返しますが、理論的CSの多くはアメリカ発祥の技術体系です。それを、そのまま日本に持ち込んでいるから不適応が起こります。これは、オープンクエスチョンの推奨に限りません。機会を見て、その他の不適応についても取り上げてみたいと思います。

 

参考文献

「LISTEN~知性豊かで想像力がある人になれる」ケイト・マーフィ 

「わかりあえないことから~コミュニケーション能力とは何か」平田オリザ

「対話のレッスン~日本人のためのコミュニケーション術」平田オリザ

「やってみたくなるオープンダイアローグ」斎藤環