今回は、「立場が対立する相手」との対話について考えてみます。誰でも、クレームや交渉相手の話を聞くのは気が重いものです。だからといって、話を聞かずに、ただひたすら謝るだけだったり、要求を押し付けてばかりだったりでは、まとまる話もまとまりません。そこで今回は、クレーム対応や交渉時にどのように話を聞いていけばよいのかを考察します。
完全に対立する相手などいない
column17でお話ししましたが、交渉とは無理な要求を相手に飲ませることではありません。相手とこちらでは立場が違いますので、その立場の違いを利用して、双方が飲みやすい状況を作りながら、こちらの利益を極大化していくことです。
ここで認識していただきたいのが、「完全に対立する相手などいない」ということです。たとえば、こちらがある商品を高く売りたい。そして、相手はその商品を安く買いたいとします。この場合、こちらと相手では「その商品の売買価格について対立している」と言えます。しかし、だからと言って「その商品の売買に関するすべての条件について、完全に対立しているわけではない」のです。ここをよく認識しておきましょう。
まず、お互いにその商品を売買しようとして交渉の席に着いているのですから、その商品を売買したいと思っている点で一致しています。また、その商品を納入する時期、場所、量、搬送方法、保証期間など、商品を売買するにあたっては、合意するべき項目がたくさんあります。相手がこだわりの強い項目もあれば、こちらがこだわりの強い項目もあります。いずれにせよ、これらがすべて完全に対立するというケースはほぼありません。必ず、項目ごとにこだわりの強さに違いがあります。これが、立場の違いです。
さらに、その商品以外で利益を確保する方法もあります。自動車の販売などは、その典型ですね。販売価格を値引きして、自動車そのものでは利益が出なくても、付属のパーツやアフターサービス、また自動車ローンなどで利益を確保しています。それから、「今回の商談がまとまったら、社長に挨拶させてほしい」という条件をつけるのも、一つの方法です。多少赤字で商品を納入しても、経営陣と面識ができれば、それ以後は決済がスムーズになって取引高が増加するかもしれませんからね。
このように考えると、「すべての条件で完全に対立する」ということは、ほとんどないのです。交渉相手に対して、まるで敵のようなイメージをもつ人がいますが、実際には対立しているのはごく一部のことでしかありません。「対立している」というよりも「お互いの立場に違い(ずれ)がある」と考えたほうが正しいと言えます。
ですから、交渉は「お互いの立場の違い(ずれ)」をよく理解した上で行わなければなりません。そのためには、やはり「聞くこと」が大切なのです。
交渉の大原則「主張を聞かず、立場を聞く」
私は常日頃から、「相手のことをよく理解しましょう」と言っています。しかし、これは「何でもかんでも傾聴すればいい」ということではありません。column17でお話ししましたが、クレームや交渉の時に「弁償しろ!」「賠償しろ!」「もっと単価を安くしろ!」という相手の主張をひたすらフムフムと聞いていても、お互いの関係が好転することはないし、歩み寄る余地も生まれてきません。
このような時は、「相手の主張」ではなく「相手が置かれている状況・立場」を聞くようにします。これは、交渉の大原則です。ここで大切なのが、「相手が主張している時は、話しにくい雰囲気を作る。相手が自分の状況や立場を話し始めたら、話しやすい雰囲気を作る」ということです。
話しやすい雰囲気を作るコツがわかると、意図的に話しにくい雰囲気も作れるようになります。決して、「話を聞かない」のではありません。「話しにくいように聞く」のです。視線を外す・泳がす、ため息をつく、口をとがらせる、眉をひそめる、目をつむる、首をかしげる、タイミングのずれた相槌を打つなど、「決して失礼ではないが、なんとなく話しにくい」というレベルのネガティブな反応をしながら聞いていきます。
話を聞かないでいると、相手はいきり立って大声を出したりして、無理にでも聞かせようとします。感情的な対立が起こり、交渉が先に進みません。聞いてはいるんだけど、決して話しやすくはない。こうしていると、相手も人間ですから主張するのを収束させたくなります。
相手の主張が収束してきたら、「なぜ、こういう主張をするのか」という理由を問いかけてみましょう。そのような主張をするからには、意図や背景が存在するはずです。そこで首尾よく意図や背景を話し始めたら、今度は一転して話しやすい雰囲気を作ります。そうすると、相手はついついホッとして話し続けます。そうしているうちに、相手が置かれている状況や立場が見えてくるはずです。
クレーム対応や交渉は、やはり格闘のような側面があります。第1回のコラムで、柔道における「くずし」と「かけ」の話をしましたが、「主張する=技をかける」ことばかり考えるのは得策ではありません。相手の置かれている立場をよく理解することは、相手の体を崩すことと同じです。ぜひ、「くずして、かける」を意識するようにしてください。
相手は誰の目を気にしているのか?
相手が置かれている状況・立場を理解するには、「相手は誰の目を気にしているのか?」を把握することが大切です。一般に、取引先の担当者は、上司の目を気にしています。経営者は、株主の目を気にしています。こうした視点をもつことで、相手が置かれている状況・立場をグンと理解しやすくなります。
以前、ある会社に対して男性が強いクレームを言ってきたことがありました。しかし、言い方は厳しいものの、その男性の表情を見ると、それほど怒ってはいない模様です。よくよく話を聞いてみると、どうやら、その男性の奥様がとても腹を立てていて、彼を焚き付けているのだということがわかりました。すなわち、この男性は「奥様の目を気にしながら、こちらに向かってクレームを言っている」ということになります。
これが把握できれば、「それでは、奥様に納得してもらうにはどうすればよいでしょうか」という問いかけをすることができます。「奥様を納得させるために、共同戦線を張りましょう」という感じですね。クレームを言ってきた人が、いつの間にか協力者になるわけです(笑)。
ただ、相手側が自らこのカードを使う場合もあるので注意が必要です。「ウチの上司は融通が利かない人だから・・・」などと言って、自分の背後にいる人を露骨に悪者にすることで、有利な条件を引き出そうとする交渉のテクニックもあるからです。ちょっと泣きつくような感じですね。相手がこう言ってきた場合、「そこをなんとかするのがあなたの仕事でしょう」などと言って、一旦突き放してみることも必要です。
また、こちらが提示した条件を「それはできません」と言って断られた場合、すぐに引き下がってはいけません。column22で、ネガティブな話の聞き方についてお話ししましたが、この方法は交渉の時も応用できます。相手が否定的な反応をした時には、「聞いただけでは、難しいとお感じになりますよね」と言って、そう感じていることは受け止めます。とはいえ、条件を却下されたとは受け取らず、あきらめないできちんと検討するように依頼します。そうしていると、「じゃあ、無理だと思うけど、一応上司に掛け合ってみるよ」という返事が返ってくる可能性があります。根くらべですね。
敵の敵を味方につけよ
地政学に、「敵の敵を味方につけよ」という考え方があります。たとえば、日本は中国と国境を巡って対立しています。そこで、日本と国境を接しておらず、中国と国境を巡って対立しているインドや東南アジアの国々と連携して、中国に対抗しようというわけです。
これは、ビジネスでも応用できます。厳しい交渉をする時は、交渉相手の敵は誰かを考えましょう。多くの場合は、ライバル企業ですね。私の経験からすると、「御社の一番のライバルって、どこですかねえ?」と聞くと、意外なほどあっさり教えてくれます。日本人って、やっぱり人がいいんですね(笑)。さらに、そのライバル企業をどう見ているのかも聞いていきます。「ライバル企業に後れを取りたくない」などと強く考えているようだったら、交渉を優位に進めやすくなります。
もし、ライバル企業と取引しても問題ないのであれば、ライバル企業にアプローチしてみるとよいでしょう。そうして、「ライバル企業からも引き合いがきている」と伝えれば、よい条件を引き出せる可能性があります。ライバル企業と取引すると問題がある場合でも、情報を詳しく仕入れておきましょう。交渉が膠着した時などに、雑談するような感じで、さりげなくライバル企業の話題を出します。このような時は、あえて交渉を急がず、わざと時間稼ぎをします。そうしているうちに、「こんなところで、細かい条件にこだわって時間をかけていたら、ますますライバル企業に遅れを取ってしまう」という危機感が芽生えるはずです。
クレーム客は、品質に対してではなく、大切にされないことに怒っている。
クレーム対応の時に、相手の話を聞くのもそこそこに、「商品の品質は問題ない」などの理屈を一生懸命に説明し始める人がいます。ところが、相手は一向に納得せず怒りがおさまらない。こういうケースがよく見受けられます。
実は、クレーム客の多くは、商品やサービスの品質に対して怒っているのではありません。それは、あくまでもきっかけであって、その後の対応で「自分が客として大切に扱われていない」と感じたから怒っているのです。このような場合、相手が感情的になっているうちは、何を言っても聞く耳をもってくれません。余計な理屈を言わず、ただひたすら話を聞いて落ち着くのを待ちましょう。
「怒り」という感情をもつと、とてもエネルギーを使って消耗します。そのため、長時間怒り続けるというのは、実際には難しいものです。怖がらずに、相手の話をひたすら傾聴していれば、必ず怒りはおさまってきます。説明をするのはその後です。
息遣いや姿勢にも気をつける
column18でもお話ししましたが、息遣いは場の雰囲気に大きな影響を与えています。クレーム対応や交渉の時には、息を詰めるようにせず、ゆったりとした落ち着いた呼吸を心がけましょう。「心を落ち着かせる」というのは難しいものですが、「呼吸を落ち着かせる」というのは意識すればできます。本番でスムーズにできるように、常日頃から深呼吸の練習をしておきましょう。
また、クレーム対応や交渉の時に身体を硬くして身構えてしまう人が多いですが、これは得策とは言えません。より緊張感が高まってしまい、相手の視線やちょっとした間が怖くなってしまいます。硬くなりそうな時には、あらかじめ身体を揺さぶってほぐしておきましょう。その際、力を抜こうとして肩を回したりする人がいますが、肩の力を抜くには立ち上がって膝の力を抜いて全身を揺さぶるようにするほうが効果的です。緊張しやすいタイプの人は、ぜひ試してみてください。
方言を使うのも手である
大阪には「どないしまひょ」という言葉があります。標準語の「どうしましょう」に比べて、実に練れていて味わいがあります。相手から厳しいことを言われた時などに、「う~ん、よわりましたなあ。どないしまひょ」という感じで使うと、力が抜ける感じがして雰囲気がやわらぎます。
標準語は、論理的にやり取りをするには便利ですが、どうしても硬さがあります。一方で、方言には独特の柔らかみがあります。交渉時は双方ともに緊張が高まっていますので、ちょっとした方言を使うことで無用な摩擦を避けることができます。
仲良くなるか、距離を置くか
相手と親密度を増す努力をする(仲良くなる)ほうがよい場合と、距離を置いたほうがよい場合があります。こちらが無理なお願いをするような場合は、なるべく相手と親密になったほうが得策です。そうすれば、「無下に断れなくなる」わけですからね。そのためには、積極的に雑談し、相手の個人的な情報を聞き出して、自分との共通点を見つけていきましょう。同じ出身地だ、同じ趣味をもっている、同じ年頃の子供がいるなどが把握できたら、しめたものです。自分と共通点が多い相手に対しては、邪険にできなくなります。
逆に、相手が無理な要求をしてくる場合には、なるべく距離を置くようにしましょう。なるべく雑談にも応じず、個人的な情報は開示しないようにしましょう。
今回も、最後までお付き合いいただき有難う御座いました。次回は、外国人との対話について考えていきます。ビジネスがグローバル化してきたことから、誰でも外国人と対話する機会が多くなってきました。日本人は、すぐに語学力を気にしますが、対話で大切なのは語学力だけではありません。そこで次回は、文化的背景の異なる外国人と対話する際に、語学力以外に気をつけるべきポイントについて考察します。